記事の見どころ
- 診療所の前に置かれたバケツいっぱいのワカメ。祖父の姿が医師を志す原点に。
- 学位も専門医も取得し、念願の在宅医療へ。目標に到達した先で立ち止まった理由とは?
- 決められたコースから外れたら終わりではない。医師×キャリア支援という新しい挑戦。
目次
医師を目指したきっかけを教えてください

診療所の前に置かれたワカメが、私の原点になっています。
私が医師を目指すようになった原点には、母方の祖父の存在があります。祖父が医師で、当時住んでいた家の隣で診療所を開いていました。幼稚園へ行くときには毎日診療所の前を通っていたため、私にとって医師という仕事は、とても身近なものでした。
今でも強く覚えている光景があります。診療所の前に、バケツいっぱいのワカメが置かれているのです。誰が持ってきたのかは分かりませんでしたが、診てもらった方からのお礼だろうと、子どもながらに感じていました。
私の地元は鎌倉で、近くには裕福な方もいれば、その日暮らしに近い生活をしている漁師さんもいました。祖父は、お金に余裕のない方からはあまり診療費を取らずに診ることもあったようです。
そんな祖父の姿を見ていたため、大きな病院で働く有名な医師になりたいというより、地域の方の生活のすぐそばにいる医師でありたいと考えるようになりました。
高校時代には、青年海外協力隊から帰国した先生の話を聞き、国際協力や国際保健にも関心を持ちました。医療が十分に届いていない場所へ行き、高度な治療ができなくても、医師がいて、診察をして、聴診器を当てることで救われる方がいる。医師が現地にいることの意味に強く惹かれました。
大学に入ってからは、沖縄や五島列島、徳之島などの離島医療を実際に見に行きました。当初から在宅医療を明確に目指していたわけではありません。医療が届きにくいところへ手を届けたいという思いが、少しずつ現在のキャリアにつながっていったと考えています。
離島医療の現場で感じたことを教えてください

理想だけでは語れない現実も見えてきました。
離島では、医師が定住することが必ずしも住民にとって最善とは限りません。
大学病院などから医師が数ヶ月や1年単位で派遣される仕組みで医療が維持されている地域では、1人の医師が定住すると、派遣のローテーションから外れてしまうことがあります。その医師が病気になったり、高齢になったりしたときに、あらためて医師を派遣してもらうことが難しくなる可能性もあります。
同じ医師にずっと診てもらえることと、担当が変わっても確実に医師が来続けること。住民にとってどちらが安心なのかを考えると、後者を望む方もいらっしゃいます。外から想像していた、離島に1人の医師が残り、住民から感謝されながら地域を支えるという物語とは異なる、現実的な医療の姿がありました。
循環器内科を選んだ理由を教えてください

在宅医療へ進む前に、専門性を1つ身につけようと考えました。
離島医療を見て回るなかで、専門性についても考えるようになりました。学生時代に総合診療の先生と地域を回ったとき、患者さまから何度も「先生の専門は何ですか」と聞かれる場面がありました。
医師として幅広く診られることは非常に重要です。ただ、患者さまにとっては循環器の専門医、消化器の専門医のように、分かりやすい専門性が安心材料になることもあります。そこで、将来在宅医療に進むとしても、まず専門性を1つしっかり身につけようと考えました。
選んだのが循環器内科です。学位を取り、専門医を取得し、さらに不整脈の専門領域まで学びました。大きな病院でなければ経験できないことを、できるだけ先に経験しておこうと考えていました。
一通り学んだ時点で、ここで一度舵を切ろうと決めました。周囲からは、まだ早い、せっかく専門的な手技もできるようになったのにもったいない、といわれました。当時は、訪問診療について、病院をリタイアした医師が外来の片手間に行うものというイメージを持つ医師も少なくなかったと思います。
しかし、私にとって在宅医療は、最初からキャリアの先に置いていた場所でした。循環器内科の専門性を持ちながら在宅医療ができるようになりたいと考え、心不全など循環器領域の在宅医療に力を入れているクリニックへ進みました。
在宅医療に進んだ後について教えてください

目標に到達した瞬間、次に目指すものが分からなくなりました。
勤務していたクリニックの大阪拠点は開設したばかりで、院長と少人数で現場を回していました。オンコールも多く大変な環境でしたが、理事長から直接在宅医療を学ぶことができ、自分の裁量で物事を進められる、充実した時間でした。
1年後、東京に戻ったのですが、大きな組織に戻ると、自分が改善したいと考えても簡単には動きません。組織の大勢の1人、いわば歯車になったように感じ、フラストレーションを抱えるようになりました。
そして、在宅医療そのものについても一通り見通せるようになったとき、この後どうすればよいのかが分からなくなりました。在宅医療をするために専門医を取得し、学位も取得し、実際に在宅医療も経験しました。目標に向かって最短距離を走ってきたはずなのに、その目標に到達した瞬間、次に何を目指せばよいのかが分からなくなったのです。
立ち止まったときに自分自身へ返ってきたのが、在宅医療で患者さまへ日々問いかけていた言葉でした。残された人生をどう過ごしたいですか。あなたらしい人生とは、どのような人生ですか。患者さまには毎日のようにお聞きしているのに、私自身はどうなのかと考えさせられました。
この問い直しをきっかけに、自分の人生について深く考えるようになりました。当時の私は、医師とはこうあるべき、患者さまのためなら24時間365日飛んでいくべき、というべき論を数多く持っていました。しかし、本当に自分がやりたいことなのかと問い直すと、そうではないものも少なくありませんでした。

仕事を離れたときに何が残るのかと、衝撃を受けました。
ちょうど同じ頃、仕事に少し余裕ができ、婚活を始めたことも自分を見つめ直すきっかけになりました。相手からあなた自身について教えてくださいといわれても、出てくるのは大学での研究や、誰のもとで何を学んだかという仕事の話ばかりです。仕事を離れたときに自分には何が残るのか。自分の個がないように感じ、かなりの衝撃を受けました。
以降はコーチをつけ、自分自身の価値観や考え方と向き合う時間を持つようになりました。半年ほど経つと自分の軸が少しずつできて、仕事や周囲の見え方まで変わっていきます。友人たちからは、最近すごく楽しそうだけれど何かあったのかと聞かれるようになりました。
自分が学んできたことを話すと、私にも同じことをやってほしいといってくれる方が現れました。声をかけてくれた友人が、キャリア支援の最初のクライアントになりました。
キャリア支援を始めた理由を教えてください

不器用というだけで、評価の枠から外れる現状を変えたいです。
私が医師のキャリア支援に取り組む原動力には、自分自身が研修医時代に感じていた苦しさがあります。医療では、安全性や質を担保しなければならない以上、一定の教育基準は必要です。一方で、どうしても画一的な評価になりやすい面があります。
これができるようになりなさい、できなかったのはなぜなのか。不足しているところを指摘され、決められたステップを効率よく上がっていく方が評価されます。しかし本来、医療者にはさまざまな強みがあります。
患者さまの話を丁寧に聞く方、本人も気付いていないニーズを引き出せる方、不器用でも目の前の患者さまに真正面から向き合える方。こうした力は、必ずしも従来の評価軸では評価されません。
私自身、効率よく立ち回ることが得意ではありませんでした。患者さまに必要だと思えば、多少面倒でも口を出してしまう。適当に済ませることができず、頑固だといわれることもありました。患者さまから評価していただいても、組織の中では自信を削られていく。そのような時期が続きました。
さらに、後輩をまとめる立場になってからは、パワハラや職場環境によって、医師として十分な力を持っている若手が潰れていく姿も見てきました。少し不器用だったり、成長のスピードが緩やかだったりするだけで、エスカレーターから弾き出されてしまう。この教育のあり方でよいのかと感じ続けていました。

病気も出産も、その方にしか持てない経験です。
また、一度キャリアが途切れると、元のコースへ戻ることが難しいという問題もあります。病気、妊娠、出産、メンタル不調、過労など、事情はさまざまです。しかし、私は、それらも全て1つのキャリアだと考えています。
妊娠や出産を経験したことも、病気になったことも、その方にしか持てない経験です。遅れや脱落として扱うのではなく、自分の強みとして、もう一度キャリアを組み立てればよいと思います。
医師ならこの道を進むべきという一本道だけではなく、その方の個性や価値観を活かせる道を一緒に探したいと考えています。現在は在宅医療に携わりながら、キャリアコンサルタントとしても活動しています。
今後は個人事業としての活動を広げ、法人化も目指しています。目の前の方を支援するだけではなく、医師のキャリア支援についてデータを蓄積し、将来的には学会などにも発信できる形にしたいと考えています。一人ひとりの経験だけではなく、エビデンスとして、医師にはこうしたキャリアの可能性があると示していきたいです。

最後に読者へ伝えたいことはありますか?

合う働き方がなければ、自分でつくればよいと考えています。
医療職の方に一番お伝えしたいのは、自分のキャリアは自分でつくるということです。医療職は専門職であるため、私にはこれしかできないと考えてしまいやすいと思います。内科医として働いてきたから内科しかできない、病院を離れたらこれまでの経験が使えなくなる、今の働き方が合わなければ医療職自体を辞めるしかない、といった考え方です。
しかし、そのようなことはありません。医師であれば、患者さまを直接診ることだけが、医師としての経験を活かす方法ではありません。私自身も、循環器内科医として専門性を身につけ、在宅医療へ進み、現在はキャリア支援という領域にも取り組んでいます。医療職としてのアイデンティティーを持ちながら、その活かし方は自分で変えていけます。
既存の働き方に自分を無理やり押し込んで、苦しくなっている方もいらっしゃると思います。もし自分に合う形がないのであれば、つくればよいのです。
「ここまでは責任を持って担当します。その代わり、この部分にはもう少し自由度がほしい」と、自分から提案することで、新しい働き方が生まれる可能性があります。大切なのは、自分が何を大切にしたいのかを知ることです。その上で、環境に合わせる力も持ちながら、自分らしさを戦略的に活かしていくことだと考えています。


すてきだと感じた医師には、必ず共通点がありました。
もう1つ、医療者自身が楽しそうに働くことも、とても大切だと考えています。若い医療者が先輩を見るときに、いつも疲れ切っていて、愚痴ばかりいっている姿しか見えなければ、自分もこうなりたいとは思えません。
これまで出会って、すてきだと感じた医師には共通点がありました。みなさん、楽しそうに働いていたのです。自分の強みを発揮できる場所で、エネルギー全開で働く。それは自分自身のためだけではありません。患者さまにとっても、組織にとっても、これから医療を目指す若い方にとってもプラスになります。
自分らしく生きることは、一見わがままに見えるかもしれません。しかし、自分の力を最も発揮できる場所を見つけ、楽しみながら働くことは、最終的には社会の利益になると考えています。
病院や施設の中で決められたキャリアを歩くことだけが正解ではありません。一度立ち止まってもよいですし、エスカレーターを降りても構いません。降りたところから、自分で新しい道をつくればよいのです。

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本記事は一般的な情報提供を目的とし、診断・治療その他の医療行為に代わるものではありません。症状や治療については医師等にご相談ください。取材対象者の見解は取材時点のものであり、すべての方に当てはまるものではありません。
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