ホーム / ストーリー / 理学療法士

Medical Life Story

進み続けた先に見えた、医療福祉が届く地域づくり【屋山大輝/理学療法士】

理学療法士2026.9.28 公開
屋山大輝
理学療法士。内装資材の営業職から、社会人を経て理学療法士へ。2014年から町立病院に勤務し、クリニックの立ち上げにも携わる。その後独立し、自費の整体サロンから医療保険を活用した訪問鍼灸へ事業を拡大。現在は高齢者や障がいのある方への支援に加え、起業家支援や子どもの育成にも取り組む。

記事の見どころ

  • 営業職から医療職へ転身した理由とは?
  • 半年間ほぼ無収入だった起業初期
  • 「ここに任せておけば大丈夫」と思ってもらえるような地域の経済圏をつくる
目次
  1. 理学療法士を目指したきっかけを教えてください
  2. 現場に出てみていかがでしたか
  3. 独立の経緯を教えてください
  4. ご活動への思いを教えてください
  5. 挑戦したい医療職の方へ伝えたいことはありますか

理学療法士を目指したきっかけを教えてください

屋山大輝

この生活を変えたい、というのが最初のきっかけでした

私が理学療法士を目指したのは、医療職に強い憧れがあったからではありません。元々は福岡・博多で、内装資材の営業をしていました。クロスや床材などを扱う仕事で、当時は博多駅周辺の再開発も盛んな時期でした。

昼間はマンションなどの工事現場を回り、夜になると博多駅周辺の夜間工事へ行く。朝方に帰宅してシャワーを浴び、そのまま会社へ行って営業所で寝るような生活をしていました。率直に言えば、「この生活を変えたい」という気持ちが最初のきっかけです。

転職を考える中で、消防士のような公務員か、医療職がいいのではないかと思いました。思い出したのは、学生時代に野球をしていた時、理学療法士の方に助けてもらった経験です。母が看護師だったこともあり、医療職自体は子どもの頃から身近でした。

屋山大輝

調べていくうちに、病気やけがで困っている人を支える医療職の仕事に魅力を感じるようになりました。

社会人から目指したので、専門学校時代は昼間に系列のリハビリテーション病院で看護助手として働き、夜間コースに通いました。24歳頃からの再スタートです。そして2014年、念願だった理学療法士として働き始めました。

私はよく、医療職の仕事を「アンパンマンみたいだ」と表現します。アンパンマンは、自分の顔を分けて困っている人を助けます。少し大げさかもしれませんが、医療職にも、自分の時間や労力を使いながら、目の前で困っている人のために動く部分があると思っています。

そして、私自身「困っている人を助ける」ということが、自分の中の正義のようなものになっています。最初は今の生活から抜け出したいという気持ちから始まった転職でした。でも結果的には、自分の生き方そのものにつながる仕事を見つけることができました。

現場に出てみていかがでしたか

最初に理学療法士として勤務したのは、町立病院でした。理学療法士として働きながら、公務員の給与体系で安定して働ける。思い描いていた理想が叶ったと、当時は思いました。でも、実際に働いてみると、自分には少し違和感がありました。

私は営業職出身です。仕事を頑張れば、その分評価されたいという感覚が強くありました。一方、公務員の世界は基本的に年功序列です。自分がたくさん働いたからといって、すぐに給与や評価へ反映されるわけではありません。

もちろん、安定していることは大きなメリットです。ただ、仕事をどんどん進めたい自分と、組織の時間の流れが合わないように感じました。次第に「このままで本当に自分は納得できるのだろうか」と考えるようになりました。

屋山大輝

昔から「いつか社長になりたい」という思いがありました。

この思いの原点には、祖父の存在があります。祖父は福岡市の薬院でラーメン店を経営していました。

しかし、脳梗塞で倒れたことなどをきっかけに店は閉じ、連帯保証の問題などで家族も巻き込まれました。私自身、幼い頃は経済的に苦しい生活も経験して、両親は私が経営者になることに反対でした。

でも私は、昔から少し天邪鬼なところがあるんです。「やるな」と言われると、逆にやりたくなる。祖父が経営で苦労したのなら、自分だったらできるのではないかと思っていました。根拠があったわけではありません。

そして、公立病院で働き続けるほど、社長になる道からは遠ざかっていく気がしました。そこで次は、将来独立するための経験を積むことを考え、クリニックの立ち上げに関わりました。制度面だけでなく、経営者と現場スタッフの考えが噛み合わない場面、スタッフの意見をどう拾うかなど、組織を動かす難しさを現場で学びました。

「独立する前に、一度立ち上げを経験してみたい」と思って選んだ場所でしたが、経営やマネジメントについて多くを学べたと思います。その後、私は独立しました。

独立の経緯を教えてください

屋山大輝

「田舎の自分では病院へ行けない人たちにもサービスを届けたい」という思いで、思い切って起業しました

事業計画を完璧につくって、満を持して起業したという形ではありません。私はどちらかというと、走りながら考えるタイプです。計画が20〜30%くらいできた段階で「とりあえずやってみよう」と動き始めました。

独立の根底にあったのは、町立病院で働いていた時に見た地域医療の現実です。病院があった町は人口8,000人ほどで、海と山に囲まれていました。バスは1時間に1本程度。山から歩いてバスに乗り、病院まで来なければならない方もいました。

病院まで来られるのは、ある程度元気な人です。本当に困っている人は、自宅にいると気付かされました。

屋山大輝

最初に始めたのは、1人で行う整体サロンです。

知らない土地で始めたので、お客様も知り合いもほとんどいませんでした。集客方法も分かりません。地域の社会福祉協議会へ行ってボランティアをしたり、人とつながったりしながら、本当に少しずつ口コミを増やしていきました。

軌道に乗るまで半年ほどは、ほぼ無収入でした。1年目の自分の事業収入は100万円にも届いていなかったと思います。しかも、独立した年は長女が生まれた年でもありました。家族を養わなければいけないので、朝は建設関係のアルバイト、夕方は整体、夜は配送業という生活もしていました。

当時は「生活しなければ」というスイッチが入り続けていて、不思議ときつさを感じる余裕もありませんでした。今振り返ると、かなり過酷だったと思います。

やがて整体や訪問サービスにお客様がつくようになりましたが、そこで新しい葛藤が生まれました。「困っている人の生活を助けたい」と思って起業したのに、自費サービスなのでお金がかかります。保険サービスなら数百円で利用できるような支援に、自分のサービスでは数千円かかってしまいます。

体は楽にしているかもしれないけど、利用する方の生活を金銭面では苦しめているのではないか。

屋山大輝

「これは、自分がやりたかったことと違うんじゃないか」と感じました。

誰かに指摘されたわけではありません。自分の中から自然に生まれた疑問でした。そこで、より負担を抑えて届けられる仕組みを探し、医療保険を活用した訪問鍼灸にたどり着きました。

鍼灸師を雇用し、鍼灸師が痛みへのアプローチを行い、理学療法士である私はADLなど生活全般を見る。そうした訪問型のサービスへ事業を広げていきました。

ご活動への思いを教えてください

現在の事業の根本にあるものは、最初から大きく変わっていません。「困っている人を助けたい」。私の中では一番大きな価値観です。ただ、誰も彼も自分1人で助けられるわけではありません。自分たちが手が届く範囲で、誰を、どう支えるのか。答えとして、現在の事業があります。

例えば、生まれつき重い障がいがある子どもたち。日本では、未就学児には児童発達支援があり、学校に通う時期には放課後等デイサービスなどがあります。でも、18歳を過ぎると選択肢が大きく減っていきます。

子どもの頃は支援が充実していたのに、大人になった瞬間、その先の人生を支えるサービスが少なくなる。「この未来を変えたい」と考えています。高齢者についても同じです。足腰が不自由になって、医療機関へ通うことが難しくなった方に、必要なサービスを自宅まで届けたいと思っています。

屋山大輝

助けたいと思う人を増やせば、輪はもっと大きくできます

これから起業したい人やスタートアップを目指す人の相談にも関わっています。一見すると別の活動のようですが、自分の中ではつながっています。

社会に貢献する事業をつくりたい人を支える。支援を受けた方が地域で新しい医療・福祉サービスを始めることができれば、サービスの先にいる障がいのある方や高齢者など、さらに多くの人を助けることができます。自分1人が直接助けられる人数には限界があります。でも「困っている人を助けたい」と思う人を増やすことができれば、輪は大きくできます。

今、私が目指しているのは、医療・福祉・介護について「ここに任せておけば大丈夫」と思ってもらえるような地域の経済圏をつくることです。まずモデルケースをつくり、別の地域へ広げていく。地域で困っている人を、地域の仕組みで支えられるようにしたいと思っています。

挑戦したい医療職の方へ伝えたいことはありますか

屋山大輝

失敗とは、壁にぶつかることではなく、諦めてしまうことです

これから何かを始めたい医療職の方に伝えたいのは「失敗を恐れず、とりあえず一歩踏み出してほしい」ということです。ただ、私は「失敗しませんよ」と言いたいわけではありません。失敗はします。私自身、何度も壁にぶつかってきました。

半年間ほぼ無収入だったこともあります。スタッフを初めて雇った時には、1人で事業をしていた時とはまったく違う難しさを経験しました。スタッフが1人増えるだけで、経営という競技そのものが変わります。お金も、人間関係も、伝え方も、今までとは違う問題が出てきました。

でも、大切なのは、壁にぶつからないことではありません。「この壁なら、どうやったら越えられるだろう」と考えることです。1つ越えれば、次の壁が出てきます。また考えて越える。繰り返しの先に、自分が実現したいものがあるのだと思っています。失敗とは、壁にぶつかることではなく、そこで諦めてしまうことなのかもしれません。

だから、何かやりたいと思っているのであれば、小さくてもいいので、まず動いてみてほしいです。

私が理学療法士という資格を取ったことも、営業職だったことも、公務員になったことも、起業して苦労したことも、全て今につながっています。キャリアは、最初から完成したロードマップ通りに進まなくてもいい。小さくても一歩踏み出して、その先で見えたものをもとに、また次の一歩を決めればいいと思います。

屋山大輝

子どもたちには「人の気持ちを考える力」も伝えたいです

AIやデジタル技術が発達し、今の子どもたちは私たちの世代以上に効率よく答えを探せるようになっています。時代の進歩は素晴らしいことです。でも、社会で人を引っ張るためには、効率性だけでは足りません。

人の表情を見る。相手がどう感じているかを考える。自分とは違う意見を聞く。人の気持ちを想像する力を、私はエンパシー力と考えています。現在、社会福祉協議会と連携し、小学校低学年の子どもたちに、相手の立場を考えたり、話を聞いたりする機会をつくる活動も準備しています。

AIを使いこなす力と同じくらい、人の気持ちを考える力も大切にしてほしいと思っています。

いずれ、私たちも引退します。だからこそ、自分たちが大切にしてきたものを次の世代へ渡していきたい。医療や福祉を、もっと人の気持ちを考えられる人たちが支える未来にしたいと思っています。

hospass mediaの取材は、原則として編集部からのオファーによって行っています。 掲載にあたっての編集・掲載可否の基準は、すべての記事で同一です。詳しくは編集方針をご覧ください。

本記事は一般的な情報提供を目的とし、診断・治療その他の医療行為に代わるものではありません。症状や治療については医師等にご相談ください。取材対象者の見解は取材時点のものであり、すべての方に当てはまるものではありません。

Medical Life Story

あなたの挑戦も、誰かの希望になる。

いま読み終えたこの記録も、1回の取材から始まりました。hospass mediaでは、医療・福祉の現場で挑戦する方を取材しています。

取材のご案内を見る
+Medical Life Storyあなたの物語