- 男性看護師との出会いから始まった進路選択
- 全国・海外へ広がった看護師キャリア
- 英語対応の訪問看護をつくる!これからの挑戦
看護師を目指したきっかけを教えてください。

男性看護師さんとの出会いです。
中学生の頃、骨折をして手術が必要になり、その時に担当してくれたのが、男性看護師でした。
今でこそ男性看護師は少しずつ増えていますが、当時はまだ、看護師は女性が多い仕事というイメージが強くあった時代です。ちょうど「看護婦」から「看護師」という呼び方に変わっていったタイミングでもあり、男性が看護師として働いている姿を実際に見たことは、自分にとってかなり大きな驚きでした。
また、思春期の中学生だった私は、女性からケアを受けることに恥ずかしさもありました。尿道カテーテルを入れる必要があったのですが、男性看護師がいてくれたことで、すごく安心したことをよく覚えています。

中学生の時点で、看護師になろうと決めていました。
自分なりに調べていくと、看護師は国家資格を持つことで、色々な病院で働ける仕事だと知りました。学費にたくさんお金をかけられる家庭でもなかったので、国家資格を取って、自分の力で生活できるようになることも大きな魅力でした。
今思えば、自分の進路をかなり現実的に逆算していたと思います。
看護師になってからは、どのような経験をしましたか?
最初の就職先は、神奈川県内の市民病院です。ICUとCCUに配属され、3年間働きました。
元々看護師になろうと思った時から、色々な場所で働いてみたいという思いがあったのですが、コロナが少し落ち着いてきたタイミングで、その気持ちが強くなり、退職を決意しました。

次の勤務先として選んだのは、北海道の函館です。
神奈川の病院を辞めたあと、3ヶ月ほど全国を旅しながら過ごし、ふと「北海道に住んでみよう」と考えました。函館では半年間、定期巡回・随時訪問型看護の仕事をしました。
北海道での生活は新鮮でしたが、冬の大変さも強く感じました。朝から雪かきをして、車のエンジンを温める。そうした生活の作業が、自分には少し合わなかったと思います。

次に向かったのは沖縄です。
沖縄では循環器病棟で1年間働きました。沖縄での生活も楽しかったのですが、どこへ行くにも飛行機が必要で、島国ならではの閉鎖感もありました。
沖縄では、釣りもよくしていました。釣り人として契約をいただくこともでき「看護師だけではなく、釣りの仕事はどうだろう」と考え、一時的に、台湾で2ヶ月間、釣り堀に関わる仕事をした経験もあります。

離島医療を見てみたいという気持ちがあり、奄美大島にも行きました。
奄美大島では、医療資源が十分ではない現実を見ました。例えば輸血が必要になっても、珍しい血液型の場合は福岡からフェリーや飛行機で持ってこなければならないこともある。十分な医療をすぐに提供できないことは、離島医療の大きな課題だと感じました。
さまざまな場所で働いてきて気づいたのは、看護師資格があることで、働く場所も経験も広げられるということです。ただ、転々と場所を変えて働くだけでは、キャリアの積み上げには限界があることにも少しずつ気付いていきました。
海外でのご経験について教えてください。

日本のさまざまな場所で働き「海外でも働いてみたい」と思うようになりました。
理由の1つは、英語を話せる看護師になりたかったからです。単純に英語を話せたらかっこいいという気持ちもありましたが、それだけではありません。これから日本は少子高齢化がさらに進み、医療・福祉の現場でも移民や外国人の受け入れが増えていくはずだと考えていました。
その時に英語を話せる看護師がいれば、外国人のスタッフや利用者さん、ご家族との橋渡しができる。海外で働くことで、異なる価値観を知り、それを日本の医療や福祉に活かせるのではないかと思いました。
英語圏で看護師資格を活かして働ける方法を調べて見つけたのが、オーストラリアでアシスタントナース(Assistant in Nursing:AIN)として働けるプログラムです。アメリカ、カナダ、イギリスなども調べましたが、日本の看護師資格を使って手軽に海外で働ける仕組みは、私が調べた限りではオーストラリアのプログラムしかありませんでした。
オーストラリアが多国籍国家として成立していることも、一つの決め手でした。これから日本が移民を受け入れざるを得ない段階になった時、なぜオーストラリアは多国籍社会として機能しているのかを見てみたいと思っていました。

実際にオーストラリアで働いてみると、日本との違いを多く感じました。
オーストラリアでは、看護師と介護士の業務範囲が明確に分かれています。
看護師の仕事は看護師の仕事、介護士の仕事は介護士の仕事です。看護師が介護士の業務を手伝うことが良いことのように見える場面もありますが、もしそれで看護師本来の仕事が終わらなければ、それは看護師の問題になります。
日本では、看護師が多くの業務を抱えがちです。介護職の仕事も含めて引き受け、相手に迷惑をかけたくない、仕事を残したくないという気持ちから、残業をしてしまう。日本人の思いやりや責任感は良い面もありますが、看護師への負担につながっているとも感じました。
オーストラリアでは、給与や休みの面も看護師のモチベーションを支えているように見えました。ストライキや賃上げ要求も行われ、労働環境を自分たちで改善しようとする文化があります。自己主張の強さや行動力は、日本とは大きく違う部分でした。

オーストラリアの老人ホームでは、フィリピン、ベトナム、フィジー、ネパールなど、さまざまな国のスタッフと一緒に働きました。
バックグラウンドが違う人たちと働くと、ケアに対する価値観の違いも見えてきます。
日本では、患者さまや利用者さんに対して、手厚く、思いやりを持って関わることが重視されます。一方で、海外の現場では、自分の業務時間や役割を守り、最低限のことをきちんと行うという感覚も強くあります。どちらが良い悪いではなく、働き方や価値観が違うのだと学びました。
海外での経験を通して、日本の看護の良さも、課題も、より立体的に見えるようになったと思います。
現在の活動について教えてください。

東京都内の訪問看護ステーションで働いています。
訪問看護を選んだ理由には、2040年問題があります。
少子高齢化が進み、病院に患者さまがあふれ、医療財源も逼迫していく中で、今後は在宅で治療や療養を行う選択肢がより重要になると思っています。その時、訪問看護師の需要はさらに高まるはずです。今のうちから訪問看護のスキルを積み上げておけば、2040年、自分が40歳くらいになった時に経験をもとに発言できる立場になれるのではないかと考えました。
また、東京は人口密度が高く、自転車で多くの件数を回ることができるため、さまざまな症例を経験しやすいと考えました。また、東京であれば外国人の利用者さんやご家族も多く、オーストラリアで培った英語力を活かせる可能性があると思いました。
実際に働き始めてみると、英語を必要としている利用者さんやご家族が実際にいることを確かに感じます。ケアマネージャーさんから「英語を話せる看護師さんはいませんか」と問い合わせがあり、迷わず手を挙げました。
英語で直接コミュニケーションが取れれば、利用者さんやご家族のストレスはかなり減ると思いますし、翻訳アプリを介してやり取りするよりも、直接コミュニケーションが取れる方が安心感があり、信頼関係も築きやすくなるはずです。

訪問看護には、大きなやりがいがあります。
病院では、どうしても治療が優先されますが、在宅では、利用者さんやご家族が「最後にどう過ごしたいか」「どう生きたいか」という、その人本来の気持ちに寄り添うことができます。その人の生活、家族、価値観に近い場所で関われることは、訪問看護の大きな魅力です。
そして訪問看護には、看護師としての専門性だけでなく、チームづくりやマネジメント、事業運営など、さまざまなキャリアにつながる可能性があります。実際に私は、将来的に副所長になることも視野に入れながら、チームビルディングやマネジメントも学んでいます。

今後挑戦したいのは、英語を使った訪問看護の体制づくりです。
まずは自分が、英語を話せる看護師として訪問看護の現場で実績を積みたいと思っています。そのうえで、オーストラリアなど海外経験を持って帰国した看護師たちの受け皿もつくっていきたいです。
海外で英語を学んで帰ってきても、多くの人は病院に就職します。ただ、病院で働いていても、英語を使う場面はそれほど多くないかもしれません。せっかく身につけた英語力が活かされないのは、もったいないと感じます。
英語ができる看護師が訪問看護ステーションに集まり、英語を必要とする利用者さんやご家族にケアを届ける。そうした体制をつくることができれば、看護師の新しい働き方にもつながりますし、外国人の方が日本で安心して在宅療養できる環境づくりにもつながると思っています。
今はまだ実績づくりの段階ですが、これからの日本に必要になる領域だと思っています。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

看護師資格はもっと自由に活かせると伝えたいです。
病棟で働くことも、もちろん一つの大きな選択肢です。ただ、トラベルナースとして色々な場所で働くこともできるし、訪問看護という道もあります。海外で看護師資格を活かして働くことや、将来的には起業や事業運営に関わることもできます。
私自身、神奈川、北海道、沖縄、台湾、奄美大島、オーストラリアと、色々な場所で働き、暮らしてきました。その中で、看護師資格があることで人生の選択肢が広がることを実感しています。

道を閉ざさないでください。
私も、トラベルナース、釣り人、訪問看護師、さまざまな側面があると思います。でも、複数の側面があること自体が、自分の可能性なのだと思っています。
もっと広い視野で看護師資格を使って、自分の人生を楽しく彩ってほしいです。





釜石佑哉(看護師)
中学生の時に男性看護師と出会い、看護師を志す。専門学校卒業後は、神奈川の市民病院でICU・CCUを経験し、その後、北海道、沖縄、台湾、奄美大島、オーストラリアへと活動の場を広げる。海外でアシスタントナースとして働いた経験を通じて、職務分担や多国籍環境の違いを学び、現在は東京都内の訪問看護ステーションで勤務している。2040年問題を見据え、英語対応の訪問看護体制づくりに挑戦中。