- 教員志望から臨床検査技師へ。知識を届けたい思いの原点
- 患者さまの治療断念が、金融の世界へ進む転機に
- 医療職が報われる社会を目指し、中立的な資産設計を届ける
臨床検査技師を志した、きっかけを教えてください。

元々は、理科や物理、数学の先生になりたいと思っていました。
人に何かを教えることが好きで、中学生の頃には学習委員会でテストの予想問題をつくったりしていたほどです。高校も、わざわざ数学科のある学校を選んで進学しました。
ただ、高校1年生の時に、学校の先生という仕事は「勉強を教える」だけではなく、生徒の人生そのものに深く関わる仕事なのだと気付きました。もちろん素晴らしい仕事ですが、当時の自分が本当にやりたいのは、学校教員というより塾や予備校の先生のように「知識を伝えることに集中した仕事」なのかもしれない。そう考えるようになり、別の進路を探し始めました。

そこで自然と視野に入ってきたのが、医療職でした。
小・中・高と野球に打ち込んでいたこともあり、体や健康に関わる仕事には関心がありました。加えて、野球部の同級生が看護師や作業療法士など医療職を目指していたこと、母が病院で働く看護師だったこともあり、医療の世界はどこか身近な存在でした。
数ある医療職の中で臨床検査技師を選んだのは、自分の理系的な強みを活かせると感じたからです。看護師や薬剤師も考えましたが、検査を通じて病気の診断や治療を支える臨床検査技師の仕事に、より自分らしさを感じました。理系科目が得意だった自分にとって、医療と分析の両方に関われる点が魅力だったのだと思います。
大学病院での10年間について教えてください。

大学卒業後は、鶴見大学歯学部附属病院に就職しました。
きっかけは、就職活動中の偶然のご縁です。病院見学に伺った際に教授と食事をする機会があり、そこで話が合ったことから「君にしよう」という形で採用していただきました。自分でも驚くような流れでしたが、そこから約10年間、病院にお世話になることになります。
勤務は決して楽ではありませんでした。土曜日も診療がある大学病院だったので休みが少なく、日々の業務量も多かったです。しかも、私が関わっていたのは単なる検査業務だけではなく、研究支援の比重がかなり大きい職場でした。
上司には慶應義塾大学系の先生方が多く、専門医取得に向けた論文作成や学会発表の支援にも多く携わりました。海外論文を調べたり、先生方の研究の補助に入ったりすることも多く、臨床検査技師としての業務に加えて、研究の現場もかなり深く経験させてもらいました。
大変な環境ではありましたが、不思議と職場への不満はあまりありませんでした。教授が非常に人格者で、人がついていきたくなる方だったからです。

「この人のもとで働きたい」と思える環境だったことは、自分にとって大きかったです。
また、病院勤務時代には、歯学部の学生に向けて授業を担当する機会もいただきました。基礎医学の枠組みで、疾患とそれに対する検査について教える授業です。助手という立場ではありましたが、人に知識を伝える場に立てたことは、元々教えることが好きだった私にとって、非常に印象深い経験でした。
臨床検査技師として働いた10年間は、医療の専門性だけでなく「知識をどう人に届けるか、情報が人の意思決定にどう関わるか」を考える土台になっていたように思います。
金融の世界へ進もうと思った、大きなきっかけは何ですか?

金融の世界へ進む大きなきっかけになったのは、病院勤務時代に出会った、ある患者さまの存在でした。
その方は、私のことを孫のように可愛がってくださる患者さまでした。けれど、ある時、その方は治療を受けないという選択をされ、やがて亡くなられました。後日、ご家族から話を聞いて初めて知ったのは「本当は治療を受けたかったけれど、お金を家族に残すために断念していた」という事実でした。
もし治療を受ければ、家族に残す予定だった資産が減ってしまう。だったら、自分の治療よりも、娘さんやお孫さんにお金を残したい。そのように考えた末の選択だったそうです。
私は、その話を聞いて強い悔しさを感じました。そして調べていく中で、そのケースは「単純にお金がなかったから」だけではなく、適切な情報があれば、別の選択肢を検討できた可能性があることを知りました。

この経験が、私の進路を大きく変えました。
世の中には、知っている人と知らない人で選択肢が大きく変わってしまうことがある。特にお金や保険、制度に関する情報は、必要な人ほど十分に届いていないことがある。しかも、社会や企業の側からすると、あえて広く知られない方が都合のいい仕組みも存在する。そうした現実を知った時に、私は「少なくとも自分の周りの人には、必要な情報を届けたい」と思うようになりました。
医療職は、専門性が高い一方で、金融や社会制度の情報には触れにくい環境にあります。私自身も、病院の中にいる間はお金のことや世の中の仕組みを十分に知らず、困った経験がありました。だからこそ、医療職の方が情報不足によって不利な選択をしてしまう状況を減らしたい。そう考え、医療の現場を離れ、金融の世界へ進むことを決めました。
とはいえ、いきなり独立したわけではありません。まずは外資系の金融機関に転職し、会社員として約1年半から2年ほど働きました。資格を取得し、金融実務を学びながら、独立に向けた準備を進めていきました。

もう一度国家試験を受けるくらい勉強する必要があり、決して簡単な転身ではありませんでした。
ただ、その経験を通じて、金融業界の構造もかなり見えてきました。日本の金融機関では、ファイナンシャルプランナーといっても、会社員である以上、営業目標や自社商品の販売が優先される場面が少なくありません。顧客にとって本当に必要な提案と、会社都合で売りたい商品が一致しないこともある。その違和感は、働くほどに大きくなっていきました。
一方で、海外研修で訪れたアメリカでは、FPは医師や弁護士と並ぶ専門職として位置づけられ、保険・投資・債券などを含めて中立的に資産設計を行う文化が根づいていました。必要以上の保険を勧めるのではなく、その人の人生全体を見て、必要な選択肢を整理していく。私は、その姿に強く共感しました。
こうした経験を経て、2023年に独立し、現在はファイナンシャルプランナーサポート協同組合の組合員として活動しています。私の仕事は固定費の見直しやNISA、資産形成のご相談を受けることですが、本質的には「お客さまがより良い選択をできる状態をつくること」だと思っています。
今、最も大切にしていることを教えてください。

私が目指しているのは、医療職の方が経済的な不安に振り回されず、自分らしい人生を選択できる社会です。
私が本当にしたいのは、金融商品を売ることではありません。お客様の資産を最大化し、その人の人生にとってより良い選択ができる状態をつくることです。特に医療職の方には、今いる環境の外にも情報や選択肢があることを知ってほしいと考えています。

医療現場は専門性が高く忙しい環境だからこそ、医療以外の情報に触れる機会が限られやすいと感じています。
日々忙しく働いていると、金融や社会の仕組み、キャリアの広げ方について考える余裕を持ちにくい。そこに付け込むような営業やビジネスに巻き込まれ、十分に判断材料を持たないまま不利な選択をしてしまう方もいます。
だからこそ私は、正しい情報と考え方を届けたいと思っています。外の世界に出ることを無理に勧めたいわけではありません。ただ、知らないから選べないのではなく、知ったうえで自分に合う道を選べる状態であってほしいのです。
医療職の方から「そういう働き方もあるんですね」と相談を受けることも少なくありません。金融の仕事は決して簡単ではなく、面倒なことも多い仕事です。誰にでも勧められるわけではありません。ただ、いきなり大きな転職や独立を考えなくても、まずは副業をやってみる、フリマアプリで何かを売ってみるなど、小さく外の世界に触れてみるだけでも視野は広がると思っています。
私自身も、周囲に医療職を辞めて別の道に進んだ人が多くいたからこそ「資格に縛られなくていい」「資格は人生の可能性を狭めるものではなく、広げるためのもの」と思えました。大学病院を辞めて事業を始めた人、医療職からクリエイターになった人、別の業界で活躍している人。そうした存在が近くにいなければ、私も今も病院で働いていたかもしれません。

これからは、身近な人、そのまた周囲の人に対して、対面で丁寧に情報を届けていくことを地道に続けたいと思っています。
金融業界や社会の仕組みには理不尽さもありますが、だからこそ、少なくとも自分と関わる人には、より良い選択肢を持ってもらいたい。医療職が知らないことで損をするのではなく、知ったうえで未来を選べるように支援していきたいです。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

私は、臨床検査技師として大学病院で働いた10年が決して遠回りだったとは思っていません。
むしろ、臨床検査技師として働いた経験があったからこそ、患者さまとの出会いを通じて情報の大切さに気付き、今の仕事にたどり着けました。
医療職として働いていると、どうしても目の前の業務に集中する毎日になります。それは責任ある仕事であり、尊いことです。ただ一方で、自分の人生やお金、将来の選択肢について考える機会は、意識しなければなかなか持てません。

だからこそ、少しだけ外の情報にも触れてみてほしいと思います。
今の働き方を続けるにしても、別の道を考えるにしても、知っているかどうかで選択の質は変わります。医療職の専門性は、病院や施設の中だけでしか活かせないものではありません。社会のさまざまな場面で価値を発揮できる可能性があります。
そして、情報は「人生を守る力」にもなります。患者さまの治療の選択に関わることもあれば、自分自身や家族の暮らしを守ることにもつながります。私はこれからも、医療職の方が不利な情報格差にさらされることなく、自分らしい人生を選べるように、必要な知識と選択肢を届け続けていきたいです。





片平拓也(臨床検査技師)
理系の強みと周囲の影響から臨床検査技師の道へ進み、大学病院で約10年勤務。研究支援や学生への授業も経験する。親しかった患者さまが、家族に資産を残すため治療を断念していたと知り衝撃を受け「情報があれば別の選択肢があった」と痛感し、金融業界へ転身。現在は独立し、医療職を中心に中立的な資産設計を支援。医療関係者が正しい情報を持ち、自分らしい人生を選べる社会を目指している。