ホーム / ストーリー / 看護師

Medical Life Story

できない自分を選ぶのをやめて、病院の外へ。地域のハブを目指す訪問看護【川島宏太/看護師】

看護師2026.10.12 公開
川島宏太
看護師。理学療法士に憧れるも、「患者さまの一番近くにいたい」と看護師になる。新卒でさいたま赤十字病院に入職し、CCUで約6年、脳神経内科・外科病棟で約7年勤務。主任も約5年経験。13年勤めた病院を離れ、埼玉県上尾市で「あいのわ訪問看護ステーション」を立ち上げ、代表を務める。

記事の見どころ

  • 「患者さまの一番近くにいたい」と選んだ看護師の道
  • できない理由をつくっていたことに気付き、訪問看護の起業に踏み出した
  • 訪問看護を入口に、地域のハブをつくっていきたい
目次
  1. 看護師を志し、新卒でCCUを選んだ理由を教えてください
  2. 急性期医療を続けてみていかがでしたか?
  3. 訪問看護での起業に踏み出せた転機は何でしたか?
  4. 起業してからの日々と、これから目指す姿を教えてください
  5. 病院の外で挑戦したい医療職の方へ、メッセージをお願いします

看護師を志し、新卒でCCUを選んだ理由を教えてください

川島宏太

患者さまの一番近くにいられる仕事は何だろうと考えました

私が最初に目指していた医療職は、看護師ではなく理学療法士でした。小学生の頃に野球でけがをして、リハビリで理学療法士の方にお世話になった経験があります。子どもながらにかっこいいなと感じて、将来は自分も理学療法士になりたいと思っていました。

しかし、進路を考えていく中で、患者さまの一番近くにいられる仕事は何だろうと考えるようになり、浮かんだのが看護師でした。母が看護師だったことも、仕事を身近に感じる要因の1つだったと思います。ただ、母から看護師になりなさいと勧められたわけではなく、自分で考えて選んだ道です。

当時は今以上に男性看護師が少なく、同学年約120人のうち男性は7人ほどでした。少ないからこそ、自分なりの役割や強みを持てるのではないかという思いもあり、母も、同じ看護師の道を選んだことを喜んでくれました。

川島宏太

苦手なら、あえてそこで学ぼうと思いました

卒業後、新卒でさいたま赤十字病院に入職し、最初に希望したのはCCUです。理由はシンプルで、循環器が苦手だったから。「苦手なら、あえて学ぼう」と考え、せっかくなら集中治療の現場で経験を積みたいと思いました。

ただ、実際に入ってみると、学生時代とはまったく違う世界でした。さまざまな管につながれ、生死の境にいる患者さまを目の前にする。自分の知識不足や小さなミスが、命に関わるかもしれない。常に怖さがありました。

三交代勤務に慣れるのも大変でしたし、急変も日常的に起こります。命を預かる現場だからこその高い基準に、当時の私は追いつけず、「自分には向いていないのではないか」と思ったことも何度もありました。

それでも、先輩たちに助けてもらいながら、がむしゃらに続けました。今振り返ると、何も知らない新卒の時にCCUへ飛び込んだからこそ、乗り越えられた部分もあったと思います。

急性期医療を続けてみていかがでしたか?

川島宏太

患者さまの退院後の生活までみたいと思うようになりました

CCUで約6年勤務した後、次は脳を見てみたいと希望を出し、脳神経内科・外科病棟へ異動して約7年勤務しました。新卒から数えると、さいたま赤十字病院には約13年間在籍したことになります。異動後は早い段階から新人教育に携わり、主任も約5年間経験しました。

心臓と脳は、どちらも命に直結する領域です。急性期医療には大きなやりがいがありましたが、長く働くほど、患者さまのその後までみたいという思いが強くなっていきました。

急性期病院では、救急車で運ばれてきた患者さまを治療し、状態が改善すれば退院します。もちろん、病院の役割として当然のことです。でも、心不全で入退院を繰り返す方もいれば、脳卒中で麻痺などの障害が残ったまま地域へ戻っていく方もいます。

病院の中で関われるのは、入院から退院までです。退院した後どんな生活をしているのか、病気を抱えながら地域でどう暮らしていくのかと考えるようになりました。

川島宏太

病気になって後悔する人を減らしたいと思いました

心臓と脳の患者さまを多く見てきたことで、予防の重要性も感じました。どちらの領域にも、生活習慣病に起因する病気があります。病気になってからもっとこうしておけばよかったと後悔する人を減らしたい。保健師資格も持っていたので、企業保健師への転職活動をした時期もありました。

ただ、企業保健師は採用枠が限られ、未経験からの転職にはハードルがありました。自分の中には、いつか起業したいという気持ちもありましたが、保健師へ転職した先でどう起業につながるのか、当時は道筋を描けませんでした。

そんな中で少しずつ興味が強くなっていったのが、訪問看護です。急性期で命を救うだけでなく、地域に戻った後も関わり続ける。看護師を志した時に考えていた、患者さまの一番近くにいるという原点にもつながっていました。

訪問看護での起業に踏み出せた転機は何でしたか?

起業する数年前から興味を持っていて、時々アルバイトとして訪問看護を経験することもありました。ただ、いいなと思っているだけで、なかなか大きな一歩を踏み出せずにいました。

川島宏太

状況が変わったきっかけは、自分自身と向き合う研修を受けたことです

研修を受けて「自分にはできないと決めていたのは、自分自身だった」と、気付きました。やりたい気持ちはあるのに、できない理由をつくって自分に蓋をしている。そんな自分に気付いた時、やってみようと思えるようになりました。

翌年4月から訪問看護を始めると期限を決め、約1年間準備をして、13年間勤めた病院を離れ、埼玉県上尾市で「あいのわ訪問看護ステーション」を立ち上げました。

訪問看護での起業を選んだ理由には、身近な原体験もあります。私のひいおばあちゃんは102歳まで生き、最期まで自宅で過ごしました。ある朝、起きたら亡くなっていたという、本当に自然な最期でした。本人や家族だけでなく、地域からの支えがあったからこそできたことだと思います。

病院で病気を治す看護も大切です。でも、地域でその人らしく暮らし、場合によっては最期の瞬間まで関わる看護もある。「自分も、地域で暮らす人を支える一助になりたい」というのが、訪問看護へ進んだ大きな理由です。

川島宏太

何のために起業したのかを見失わないようにしています

実は、起業を決断する少し前、家庭との時間の両立に悩んだ時期もありました。しかし、自分自身と向き合い、自分の関わり方を改善して、訪問看護を始めると決めた時には、妻から「決めたのであれば全力で応援する」と言ってもらいました。今は、子どもたちも応援してくれています。

だからこそ、今大切にしているのが、何のために起業したのかを見失わないことです。経営者になれば、仕事はいくらでもあります。でも、仕事のために家族との時間をすべて犠牲にしたら、起業した目的から外れてしまう。なるべく日曜日は家族の日にするなど、仕事と家族の時間を意識して分けています。

起業してからの日々と、これから目指す姿を教えてください

訪問看護を始めてからの日々は、想像以上に濃いものでした。病院勤務なら、看護師として目の前の患者さまに集中できます。でも経営者になると、訪問だけでなく、スタッフの雇用、事業所の維持、利用者さんの獲得も必要です。

川島宏太

自分で考えて、決めて、動く毎日になりました

スタッフの生活もあり、自分の家族もいて、利用者さんにサービスを提供し続ける責任もある。分からないことだらけの中で、複数の課題が同時に押し寄せ、立ち上げからの約5ヶ月は本当にあっという間でした。大変ですが、病院にいた頃以上に自分で考えて動く分、日々、自分自身が変化している感覚もあります。

私がこれからつくりたいのは、単に看護師が自宅へ訪問するだけの訪問看護ステーションではありません。利用者さんが生活の中で困っていることを、できる限り解決できる存在になりたいと思っています。

川島宏太

地域のハブのような訪問看護ステーションが理想です

例えば一人暮らしの高齢者であれば、病気や身体機能だけが問題ではありません。相続や身元保証、生活そのものをどう支えていくのか。訪問看護だけでは解決できない問題もたくさんあるため、現在は士業の方々など、異なる専門性を持つ人とのつながりもつくり始めています。

必要であれば専門家につなぎ、訪問看護を入口として、地域で安心して暮らすために必要な支援へつなげていく。そんな「地域のハブ」のような訪問看護ステーションが、私の理想です。

事業としては、5年で売上1億円という目標も置いています。ただ、売上だけが最終目的ではありません。売上の先で取り組みたいのが「予防」です。将来病気になる可能性がある人、認知症の予防、そして未来をつくっていく子どもたち。子どもから高齢者まで、人生のさまざまな段階で関われる事業へ広げていきたいです。

その第一歩として、今は訪問看護を地域に根づかせることに集中しています。

病院の外で挑戦したい医療職の方へ、メッセージをお願いします

川島宏太

まずは、何のためにやるのかを考えてほしいです

病院や施設の外で挑戦したい医療職の方から相談を受けたら、まず、何のために、誰のためにやるのか、なぜやりたいのかを考えてほしいと伝えたいです。訪問看護を立ち上げたい、起業してみたいと思うこと自体は、とてもいいことだと思います。私自身、「人生は一度きりだから一回くらい挑戦してみたい」、「失敗するなら若いうちの方が巻き返せる」という気持ちがありました。

でも、訪問看護を始めること自体が目的になると、経営の大変さに直面した時、何のために頑張っているのか分からなくなるかもしれません。スタッフの雇用、利用者さんを増やすこと、事業の継続、家族との時間を守ること。看護師と経営者の2つの立場を経験している今、病院にいた頃には経験しなかった課題ばかりです。

だからこそ、何かをやるという手段より、実現したい先の姿が大切です。自分と向き合った結果、「それでも訪問看護をやりたい」と思えるなら、挑戦すればいい。目的を実現する方法が訪問看護でないなら、別の選択肢を選んでもいいと思います。

川島宏太

看護師が人を支える方法は、病院の中だけではありません

私自身、最初から起業できる自信があったわけではありません。13年間1つの病院で、CCU、脳神経内科・外科、教育、マネジメントを経験し、転職を考えたことも、自分にはできないと止まっていた時期もあります。それでも、本当にやりたい看護について考えた結果、病院の外へ出ることを選びました。

今もまだ挑戦している途中です。それでも、病院で患者さまを看ることだけが、看護師として人を支える方法ではないと実感しています。地域へ出れば、病気だけでなく、暮らしや家族、人生そのものが見えてきます。

これからも訪問看護を土台に、地域のさまざまな人や専門職をつなぎ、子どもから高齢者まで支えられる仕組みをつくっていきたいと思っています。医療職として何かに挑戦したいなら、まずは自分は何のためにやりたいのかを考えてみてください。答えが見えた時、新しい選択肢が見えてくるかもしれません。

hospass mediaの取材は、原則として編集部からのオファーによって行っています。 掲載にあたっての編集・掲載可否の基準は、すべての記事で同一です。詳しくは編集方針をご覧ください。

本記事は一般的な情報提供を目的とし、診断・治療その他の医療行為に代わるものではありません。症状や治療については医師等にご相談ください。取材対象者の見解は取材時点のものであり、すべての方に当てはまるものではありません。

Medical Life Story

あなたの挑戦も、誰かの希望になる。

いま読み終えたこの記録も、1回の取材から始まりました。hospass mediaでは、医療・福祉の現場で挑戦する方を取材しています。

取材のご案内を見る
+Medical Life Storyあなたの物語