広告営業から看護師へ。“現場で通用する学び”を【ちょびん / 看護師】 

ちょびん(看護師)

広告代理店の営業から結婚・出産を経て離婚し、シングルマザーとして生きるため看護師を志す。まず看護助手で現場を見て進路を決め、子育てと学業を両立し首席で卒業。二次救急の急性期病院HCUで働く中で「分からない」が積み上がる怖さを痛感し、Instagramで学びを翻訳して発信。現在は知識を点ではなく線にし、体系化と伴走支援で看護師の自信を取り戻す仕組みづくりを目指す。

記事の見どころ
  • 人生の再設計としての看護師転身:離婚・シングルマザーを機に「自分の足で立つ」ために看護助手→看護学校へ進んだ決断
  • 学び方の具体性:隙間時間×ストーリー理解×人に説明して定着させる勉強術
  • 現場の“分からない”を解消する支援:HCUのリアルから生まれた、難語を翻訳し体系化して伴走する「外部プリセプター」への道

看護師になった経緯を教えてください。

「一人で子どもを育てていくために、自分の足で立てるスキルが必要だった」からです。

もともとは広告代理店の営業として働いていて、結婚を機にパートへ切り替えていました。そこから出産、そして離婚を経てシングルマザーになると決まったとき、生活を守る手段を“根本から作り直す”必要が出てきました。

ただ、いきなり看護学校に入るのは怖かったです。

正直、看護師の仕事がどんなものか、出産のとき以外はほとんど病院に入院した経験もなく、イメージが湧かなかったんです。

だから私はまず看護助手として病院で働き、「現場を見てから決める」ステップを踏みました。そこで「こういう看護師になりたい」という輪郭が自分の中にできて、看護師を目指す決心が固まりました。

看護師を選んだのは、身近に看護師がいたからではありません。むしろ周りに看護師はほとんどいなかった。けれど、出産のときに助産師さんがそばにいてくれた体験が、私の中に強く残っていました。「すごい仕事だな」と心から思いました。

そこから学び直しは、簡単ではなかったです。子どもが一番手のかかる時期で、時間も体力も足りない。それでも「やるしかない」という覚悟がありました。子どもを育てるための覚悟が、勉強の原動力になったと思います。

これまでの経歴を教えてください

看護学校に通っていた頃に、現在の夫と出会いました。同じ看護の道を目指す中で支え合う関係になり再婚しています。

看護学校卒業後は、二次救急の急性期病院で勤務し、HCU(名称は変わりながらも同じ部署)で経験を積んできました。

病院選びの軸は、子育てとの両立で託児所があること、ママさんが多く、急な休みなども受け止めてもらえる空気があること。規模は大きくなくても、アットホームで支え合える環境を優先しました。

現在もフルタイムで夜勤をしながら働いています。シフト制で生活リズムはバラバラですが、その中で、夫婦で協力して時間を捻出し発信も続けています。

今の活動に至った大きなきっかけ

現場に出て、私は早い段階で壁にぶつかりました。

子どもが小さかったこともあり、働き始めは「帰ったら寝る」だけ。年齢的にも現役の子より体力があるわけではなく、疲れ切って勉強できない。けれど、次の日はまた来る。

分からないことがあっても、忙しすぎて調べられない。「これ後でやろう」が積み上がって、結局“何が分からないか”すら分からなくなる。そういう状態が続くと、不安が増えて、仕事が嫌になって、辞めたくなる。私はその流れを、周りでもたくさん見てきました。

だからこそ、「分からないままにしないための支え」が必要だと思ったんです。

私自身がしんどかったから、同じ状況にいる誰かの助けになりたかった。さらに、広告の仕事をしていた経験と、教えることが好きな性格が重なって、「じゃあ発信という形で届けよう」と考えるようになりました。身近にあった媒体がInstagramでした。それが、私が発信を始めた一番シンプルな理由です。

今の活動を通して、これからやりたいことを教えてください。

私の発信は、HCUやICU、救急といった言葉に身構えてしまう人にこそ届いてほしいと思っています。

だから、なるべく難しい用語を使わない。一般病棟でも使える形に翻訳する。そして「知識をどう使うか」まで落とす。インプットだけでは現場で動けないから、使える形にするところまでセットで伝える。私はそこに一番こだわっています。

発信を続ける中で、もう一つはっきりしたことがあります。

Instagramはどうしても“点”を増やすメディアです。点が増えれば、いずれ線になる。けれど、線になっても、現場で使えるレベルまで落とすのは難しい。さらに「分かった気がする」状態が生まれやすい。知っているのにできないと、自信を失う。ここが、現場のしんどさを増幅させていると思っています。

だから私は次の挑戦として、知識を体系化して“まとまった形”で提供する商品を考えています。

その上で、必要な人には伴走型でサポートしたい。外部のプリセプターのように、勉強面だけでなく心の支えにもなれる存在になりたいと思っています。

看護師さんは勉強熱心で、参考書を買ったり、勉強会に参加したりしている人も多いです。でも、それでも不安が消えない人がいます。せっかく努力しているのにもったいない。だからこそ、「その人に合った学び方」を一緒に見つける支援を形にしていきたいんです。

私自身の学び方も、ここに直結しています。

現場の悩みは、教科書を読んでもピンポイントで解決しないことが多い。だから私は「分からない」を細分化します。

たとえば薬なら、作用・副作用を覚えるだけで終わらせない。副作用が起きたら患者さんはどうなるのか、そこで自分はどう動くのかまで落とし込む。そして、1日で詰め込まない。1日1個でいい。365日積み上げれば、1年で365個。そこに経験が重なると、知識が現場の動きに変わっていきます。

最後に読者へのメッセージをお願いします。

「自信をなくしている看護師さん」をたくさん見てきました。責任が重くて、しんどくて、つらい。でも、それは“その人が悪い”わけではないと思っています。

学び方が合っていないだけ、分からないまま抱えてしまっているだけ。知識が点と点で止まっていると、不安が消えない。けれど、点がつながって線になると、看護はもっと楽しくなるし、自信がつきます。自信がつくと、患者さんと関わることも楽になる。

結果として「看護師を続けたい」と思える人が増える。私はその循環を作りたいんです。

もちろん、看護師だけが正解ではありません。資格を活かした別の活躍の仕方もある。でも、せっかく取った看護師資格なら、まずは“楽しめる状態”まで自分を整えてほしい。

潜在看護師さんが多い今だからこそ、学び方を一緒に模索して、仕事をもっと楽しめる人を増やしたいと思っています。 

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