看護の経験を「人を支える力」に変えていく【みう/看護師】

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看護師みう(看護師)

営業や介護の経験を経て、離婚を機に、子育てをしながら経済的に自立できる仕事として看護師を選択。循環器・心臓血管外科・救急・透析領域などで17年間臨床を重ねてきた。看護研究や教育に携わる中で、看護師の知識や経験は、現場だけでなく人を育てる関わりや働き方を支える力にもなると実感。現在は、Instagramで看護知識やキャリア、教育に関する発信を行いながら、看護師の働き方や学びの選択肢を広げる活動を続けている。

記事の見どころ
  • 離婚と子育てをきっかけにキャリア転換
  • 現場で積み上げた臨床・研究・教育
  • 透析看護を起点に「知識を価値に変える働き方」を示したい

看護師を目指したきっかけを教えてください。

看護師みう
看護師みう

一番大きなきっかけは、離婚でした。

きれいごとだけでいえば「人の役に立ちたい」になるのかもしれませんが、正直にいうと、経済的に自立して、子どもを育てていける仕事が必要だった、という事情がかなり大きかったです。

誰かの人生の一部にちゃんと関われて、自分自身も1人で立っていける。そう考えた時に、看護師という仕事が現実的で、かつ意味のある選択肢として浮かびました。小さい頃に看護師になりたいと思ったことがあったのも重なって、最終的に看護師を目指そうと決めました。

それまでは、営業の仕事をしていました。某車メーカーや伝統工芸品の営業もしていて、医療の道を一直線に歩いてきたわけではありません。

看護師みう
看護師みう

介護の仕事をしていた経験も影響しています。

祖父母と一緒に暮らしていたこともあって介護は身近でしたし、実際に現場でも働きました。

ただ、その中で感じたのは「医療的な専門性をもっと身につけたい」という思いでした。人の生活を支えるだけでなく、病気や治療の理解も持って関わりたい。その延長線上に、私にとっての看護師がありました。

看護師を目指そうと決めてからは早かったです。子どもが0歳のうちに進学を決めて、4月を待って学校に入りました。「動かなければ何も変わらない」という感覚が強く、執念に近い気持ちで動いていたのかもしれません。

看護学校時代はどんな過ごし方でしたか。

看護師みう
看護師みう

とにかく必死でした。

全日制の学校に通いながら、子どもを育てて、生活費も学費も背負う。奨学金も二重で借りていて、片方は生活費に充てていたので「途中で辞める」という選択肢は、現実的にありませんでした。後戻りできない状況だったからこそ、前に進むしかなかったのです。

特に最後の1年は、実習も重なってかなり過酷でした。

子どもを保育園に預けて、夜は一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、21時に寝かしつけをする。そこから自分だけ0時に起きて、朝まで課題と勉強をして、また学校や実習へ向かう。3時間睡眠くらいで回していた時期もありました。

ただ、自分の中で「子どもが横にいる状態で勉強するのは違う」という思いがあり、一緒に過ごす時間はちゃんと過ごして、そのあとに自分が起きて頑張っていました。

看護師になってからの歩みを聞かせてください。

看護師みう
看護師みう

勉強会にも積極的に参加し、クリニカルラダーの取得などにも前向きに取り組んできました。

29歳で看護師になってからは、循環器・心臓血管外科の病棟を起点に経験を重ねました。救急も経験があり、現在は足の血管外科や透析に関わる領域にも携わっています。

現場では、若い同期と比べれば自分はかなり遅いスタートでした。ただ、年下の人に教わること自体に抵抗はなく「早く追いつきたい」「ちゃんとした知識を持ちたい」という気持ちが強かったです。

私にとって大きかったのは、最初の部署で出会った先輩の存在です。年齢が高めの新人だった私に、年上のベテランの先輩がプリセプターとしてついてくれました。

その先輩は、心電図の判断が本当に鋭くて、患者さまの状態を見に行き、瞬時にアセスメントして、必要な声かけや触れ方まで自然にできる人でした。医師っぽい知識のすごさではなく、そこにちゃんと看護がある姿を見て「こういう看護師になりたい」と心から思いました。

今の活動に至るターニングポイントは何ですか。

看護師みう
看護師みう

今の活動を語る上で外せないのが、看護研究です。

看護師2年目の時、医療研究を推進している先生に出会ったことが大きな転機でした。

その先生は「看護師も専門職として研究をして、きちんとエビデンスを出すんだ」といってくれる方で、医師が偉いだけの時代からチームで医療をつくる時代へ向かう中、看護の立場からも新しいことを発見していくんだ、という視点を私に与えてくれました。そこから、私も研究に関わりたいと思うようになりました。

看護師みう
看護師みう

看護師10年目で主任になってからは、教育にも関わるようになりました。

看護大学の大学院で研究の履修も受け、現在は院内で「研究をどう進めたらいいか分からない」と悩むスタッフのサポート役も担っています。

看護研究は敬遠されがちですが、自分たちが日々やっている看護やケアの中に、実は研究すべき問いがたくさんある。看護研究のおもしろさを、もっと現場の看護師に知ってほしいと思っています。

そして、Instagramを始めたきっかけも、単なる発信欲ではありませんでした。元々は「看護学士を取るために学んだことをアウトプットしたい」「自分と同じように学び直している人の参考になればいい」という思いからでした。

最初はマネタイズの意識もなく、自分の生きざまを発信するような感覚でしたが、コンサルの方から「まずはあなた自身ではなく、看護師としての知識を発信した方がいい」とアドバイスを受け、今は看護知識の発信を軸にしています。

透析看護の発信に力を入れるわけをお聞かせください。

Instagramではこれまで「看護師みう」として、透析看護を中心に情報発信をしてきました。

透析を選んだ理由の1つは、透析看護を前面に出して発信している人が少なかったからです。また、透析医療は、医療費の問題、超高齢社会、終末期の選択、保存的治療という考え方まで含めて、これからの日本にとってかなり重要なテーマだと思っています。

透析をするかしないか、だけではなく「どう生きてどう最期を迎えたいか」まで考える必要がある。その視点を看護師にも患者さまにも、家族にも伝えていきたいと思い、あえて透析看護をテーマに選びました。

看護師みう
看護師みう

私が目指しているのは、看護師が現場以外でも知識を価値に変えていける状態です。

今の現場は本当に過酷で、夜勤で2万歩歩く日もあります。心も体もすり減る中で「看護師だからこの働き方しかない」と思い込んでしまう看護師が多くいます。

しかし、専門職として積み上げた知識を、教育や発信、支援の形で届ける働き方があってもいいはずですし、私は、Instagramをその入り口にしたいと思っています。

今後は、透析だけでなく、糖尿病、腎臓内科、血管外科など関連領域の発信に加えて、教育、コーチング、リフレクションといった「人を育てる関わり」も、もっと深めていきたいと思っています。

将来的には、志を同じくする救急の先生と、訪問診療の立ち上げも考えています。2040年に向けて急性期病院のあり方は変わっていく。在宅で支える力がますます必要になる中で、病院だけで完結しない看護に関わっていきたいと思い、少しずつ準備を始めています。

最後に、読者へメッセージをお願いします。

看護師みう
看護師みう

自分の経験や違和感をなかったことにしないでほしいです。

新しいことを始めたいと思っていても「どうせ無理だ」と止まってしまう人は多いと思います。実際、一歩踏み出すのは簡単ではないし、踏み出したあとも大変なことはたくさんあります。

私は看護師として17年間走り続けてきましたが、うまくいった看護も、うまくいかなかった看護も、全て振り返ると、こう思います。やっぱり看護はおもしろいし、奥が深い―。

だからこそ、看護のおもしろさをちゃんと感じられる人が増えてほしいと思っています。

研究にたどり着く人が増えてもいいし、教育に関わる人が増えてもいいし、働き方を変える人が増えてもいい。大事なのは「今のまましかない」と思わないことです。働き方が色々あることを知ってほしいですし、私自身もそれを一番届けたいと思って、今回の取材に答えました。

看護師は、現場で消耗するだけの仕事ではありません。知識も経験も、誰かを支える力になります。

もし現状にモヤモヤしているなら、自分の気持ちを無視しないでほしいです。違和感の先に、次の道があるかもしれません。私もまだ途中にいますが、だからこそ、一緒に考えていける存在でいたいと思っています。

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