- 地域に根ざした医療に関わりたい思いで、医療職を志す
- 産後のメンタル不調と離婚を経て気づいた「自己犠牲」の限界
- 自己犠牲なしで幸せになることを、もっと当たり前にしていきたい
看護師を目指したきっかけを教えてください。

私が最初に目指したのは、看護師ではなく保健師でした。
高校生の頃、保健師の同行実習を体験する機会があり、そこで、病気になってから支えるのではなく「病気になる前に関わり、地域の人の健康寿命を変えていける」仕事があることを知りました。一人ひとりの生活に密に関われること、医師とはまた違う立場で予防に関われることに強く惹かれて、看護大学へ進み、看護師と保健師の資格を取ろうと決めました。
実際に学び始めると、看護の勉強そのものも自分に合っていました。元々介護について学んでいたこともあり、そこから解剖学や薬の知識をより深く知っていく過程はおもしろかったです。保健師になりたいという思いが先にありましたが、看護師の学びも「つらいもの」ではなく、人体や命への理解が広がっていく感覚がありました。
卒業後はどのようなキャリアを歩んできましたか。
卒業後は、実習先とは別の大学病院の消化器外科病棟に就職しました。元々将来的には保健師を目指していたので「地域医療につながる病院で経験を積みたい」と考えて選んだ職場でした。

現場は想像以上に厳しかったです。
配属されたのは離職率の高い病棟で、同期6人のうち3人が退職しました。周りと比べて「看護師としてできている方ではなかった」と感じることが多く、失敗もたくさんありました。それでも、2年間働き続けられたことは、今振り返ると自分にとって大きな経験だったと思います。大変だった一方で、結婚を機に退職する時には「まだ働きたい」という気持ちも残っていました。
その後、結婚に伴って転居し、赤十字病院の外来へ転職しました。面接では「結婚後の生活も考えて外来を希望したい」と伝えていたのですが、実際に配属されたのは三次救急の救急外来でした。普通の外来とはまったく違い、緊張感も求められる判断力も大きい現場です。

それでも、さらに幅広い患者さまと関わることができ、看護師としての視野は大きく広がりました。
一度、保健師として就職することにも挑戦しています。結果的には採用に至らず、働き方をどうするか考える中で、夫の家業を手伝いながら家庭を優先する道を選びました。看護師としてのキャリアを続けたい思いがなかったわけではありませんが、出産や家庭の流れの中で、一旦、医療現場から離れることになりました。
今の活動に至るまでに、どのような転機がありましたか。

大きな転機になったのは、出産後のメンタル不調と、そのあとの離婚でした。
元々「ちゃんとしなければ」「周りに合わせなければ」という完璧主義的な傾向があり、子どもが生まれてからも、子どもや家庭を最優先にして、自分のことは後回しにしていました。今思えば、それが心身のバランスを崩す大きな要因だったのだと思います。
産後は心療内科に通って薬を飲みながら過ごしていましたが、なかなか安定せず「どうしたら元気になれるんだろう」と考え続ける毎日でした。先が見えない中で、環境を変えたいという思いが強まり、まずは別居を決断しました。
周囲からはかなり反対されましたが、別居後に体調が少しずつ良くなり、最終的には離婚という選択に至っています。離婚して初めて、自分がどれほど自己犠牲の中で生きていたのか、自分自身を大切にできていなかったのかに気付いたんです。

その後は、子どもたちを養うために看護師へ復帰しました。
生活のための復帰ではありましたが、同時に、自分自身の人生を立て直す期間でもありました。そしてその過程で、スクールやメンターとの出会いがありました。Instagramで偶然見かけた広告をきっかけに学び始め、人との出会いを通して「自分はこれまで本当に多くの人に支えられてきた」「悩みを軽くする方法はある」と少しずつ気付いていきました。
何でも正しくやらなければならない、誰かを優先しなければならない、自分が我慢すればいい。そう思っていた過去の自分がいたからこそ、今、人間関係や仕事、家族のことで悩みを抱えている方を見ると「もっと楽に生きる道がある」と伝えたくなります。

現在は、チャットや電話でのカウンセリングを中心に活動しています。
これまで累計1,800件以上の相談に対応してきました。一言で終わる相談もあれば、1時間以上じっくり話すケースもあり、深さはさまざまです。それでも、多くの相談に触れる中で「同じ悩みでも、その人がどう捉えているかによって支援の方向は変わる」ということを実感しています。
相手だけが悪いと考えている人もいれば、自分の受け止め方や行動を変えたいと考えている人もいる。だからこそ、ただ答えを渡すのではなく、その人に合わせて悩みをほどくことを大切にしています。
これからの活動を通して、何を伝えていきたいですか。

「自己犠牲なしで生きていい!」と伝えたいです。
今の活動を通して、私が最も広げたいのは「自己犠牲なしで生きていい」という考え方です。仕事でも家庭でも、誰かのために尽くすことが美徳とされやすい。でも、それが続き過ぎると、自分が壊れてしまいます。
私自身がそうだったからこそ、自分を後回しにしないことはわがままではなく、生きる上で必要なことだと伝えていきたいです。

今後は、個別相談だけではなく、セミナーや講座にも力を入れていきたいと思っています。
既に娘の小学校には講座の実施を依頼しており、来年度の中で組み込んでいただける予定です。学校では、ルールを守ることや相手を大切にすることは教わります。でも、同じくらい「ルールに縛られ過ぎないこと」「相手を大切にするのと同じように、自分を大切にすること」も伝えたいと思っています。
地域活動にも積極的に関わっています。高齢者の方と接する機会や、子ども食堂などの場に参加する中で感じているのは「相談窓口」として構えるよりも、気軽なおしゃべりの中で自然に悩みが立ち上がるほうが、ずっと話しやすいということです。
相談したいほどではないけれど、何となく引っかかっていること。誰かに話すほどではないと思っていたけれど、実は長く抱えていたこと。そういう気持ちを気軽に出せる場を、地域の中にもつくっていきたいです。
SNSではInstagramの投稿を中心に発信し、コラボライブと単独ライブ配信にも取り組んでいます。事前に悩みを募集して回答したり、リアルタイムで視聴者と対話したりすることで、より相談のハードルを下げられるのではないかと思っています。Instagramだけでなく、外部流入の強い媒体も活用しながら、より多くの人に届く形を模索していきたいです。

医療従事者に向けたセルフケアの発信も強めていきたいです。
病院で働いていた頃、患者さまに尽くす側の看護師が、自分の体調や気持ちを整えられないまま現場に立っている姿をたくさん見てきました。ケアする人が消耗し続ける状態は、本人にとっても、患者さまや家族にとっても良い循環を生みません。
自分を整えることは、結果的に他者へのケアの質にもつながる。そのことを医療従事者にも伝えていきたいです。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
私は、自分自身が一度かなり無理をして、心身のバランスを崩した経験があります。「もっと早く自分を大切にしていれば」と思うこともあります。でも同時に、その経験があったからこそ、同じように頑張りすぎている人の苦しさに気付けるようになりました。
医療従事者は特に、人のために動くことが当たり前になりやすい仕事です。患者さまのため、家族のため、職場のために頑張る。もちろんそれは尊いことです。でも、その一方で、自分の心や体を置き去りにしてしまうと、いつか苦しくなります。自分を整えることは、決して後回しにしていいものではありません。
悩みは抱え込むほど複雑に見えてきます。でも、言葉にしてみると少し整理できることがあります。誰かと話すことで「そんなに難しく考えなくてよかったのかもしれない」と気付けることもあります。私は、そんなきっかけを届けられる存在でいたいです。

頑張り続けることだけが正解ではありません。
人に頼ってもいいし、立ち止まってもいいし、今までと違う生き方を選んでもいい。自己犠牲なしで幸せになることを、もっと当たり前にしていきたい。私自身もその途中にいる1人として、これからも人と人とのつながりの中で、少しずつその価値観を広げていけたらと思っています。






大関友美(看護師)
高校時代の保健師同行実習をきっかけに医療職を志し、消化器外科病棟や三次救急の外来で看護師として経験を重ねる。出産後のメンタル不調や離婚を経て、自分を後回しにする生き方の限界に気付き、現在はチャット・電話相談を中心に「自己犠牲なしで楽に生きる」ための支援を実践している。