栄養学を「かしこまりすぎず面白く伝えていける人」になりたい!【佐藤 花香/管理栄養士】

取材日:2023/3/1

佐藤 花香(さとう はなか)

2015年管理栄養士養成大学を卒業後、
社員食堂・食品会社の事務・飲食店立ち上げを経て、その後独立。
現在はレシピ開発・監修やミスコン講師などをしながらSNSで栄養学を発信中。

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こんにちは、hospass運営局です。“病院はパスする時代”を創造するべく、医療職限定でチームを組み活動を進めています。

管理栄養士の資格を持ちつつ、現在はフリーランスで活動している佐藤花香さんを取材させて頂きました!

記事の見どころ
  • 医療の道に進んだきっかけ
  • 自分の長所を活かせる働き方とは?
  • フリーランス管理栄養士として届けたいこと

医療の道に進んだきっかけを教えてください!

調理師やパティシエに憧れていましたが、看護師の姉の影響で医療系国家資格に興味を持ち、管理栄養士になろうと決めました!

高校生の時に、東日本大震災で家が全壊。避難所で過ごし食料が届いたら皆で運ぶような生活を送る中で、「食事を取ることが生きる事に繋がる」という当たり前にある知識が当たり前ではない事を実感し、食事の大事さを痛感しました。

当時まわりでもブームだった本『13歳のハローワーク』(著・村上龍)を読みながら、両親に習って自分も資格を取って安定した職に就こうかなと思って職業について調べていました。調べていくうちに、調理師やパティシエなどの食を通じて健康を形づくり、人を幸せにする仕事に憧れました。

ですが、姉が既に社会人で、看護師として病院で働いていた姿を見て、医療系国家資格の存在にも興味を持ちました。これらを融合させた結果、食の仕事で、医療系国家資格である栄養士・管理栄養士が良さそうだなと思い、管理栄養士の資格が取れる宮城県仙台市内の大学に進学することに決めました。

被災経験も今の佐藤さんの活動に繋がっていると伺いましたが、実際にはいかがですか?

2011年の東日本大震災で自宅が全壊しました。リセットというのか、私は人生をもう一度やり直す気持ちでしっかりと生きることに決めました。

当時高校3年生だった私は、東日本大震災で自宅が全壊するという人生のうちで大変辛い経験をしました。既に受験を終えていた私は、4月から宮城県仙台市内の管理栄養士専攻の大学へと進学しました。大学のゼミでは、被災された方の避難住宅を訪問して、炊き出しやおやつ作りなどのボランティア活動を行いました。

震災前の私は「管理栄養士になって、自分の手が届く範囲の身近な人の健康を守れれば良いかな」と思っていました。ですが、東日本大震災を経験して、それがとても辛く、同時に、命の大切さや尊さを深く感じる機会にもなり、なんとなく生きているのではなく、人生をもう一度再出発しようという感覚になりました。

「私は何がしたいのか?」を深く考えたことで、身近な手の届く人だけのためではなく、日本中、世界中の多くの人の健康について、管理栄養士の資格や知識を活かして何かお役に立てることはないかな?と思うようになりました。これがフリーランスになろうと思った私の大きなきっかけです。

フリーランスになる前はどのような仕事をされていましたか?

働き盛りの人たちを支えたい想いで社員食堂の管理栄養士として勤務。転職後は食品会社で事務職をしていました。

病院・老人保健施設・社員食堂などさまざまな派遣先がある中で、私は社員食堂を選択し、委託給食会社に就職しました。働き盛りの同世代の人への栄養的なサポートがしたくて選びました。夜は食堂内が宴会場に早変わりする社員食堂。お昼に提供する食事だけでなく、軽いおつまみ作りからお酒の準備まで行うので、後片付けを終える頃には22時を過ぎる生活が続きました。

体力の限界を感じ、自分にしかできない仕事をしたいと思い転職。食品会社の事務職で2年を過ごす中で、同僚や先輩方から「管理栄養士の資格を持っているのに勿体無いよ」と言われました。管理栄養士を活かす他の生き方が何かあるのかも?と思い、フリーランス管理栄養士について学び始めました

後に食品会社を退職し、2019年に浅草の飲食店の立ち上げに携わりました。コロナ禍でインバウンドの観光客も少なくなり苦しい時期を経験しましたが、めげずに2年ほど専属でレシピ開発を行いました。そして、立ち上げの経験を武器に2021年にフリーランスとして独立したんです。

フリーランス管理栄養士としてのお仕事について教えてください!

レシピ開発・監修やミスコン講師など幅広い仕事です。経営者さんなどの忙しい方向けの時短レシピもSNSで発信しています。

健康は誰もが大切なもののはずなのに、管理栄養士で栄養学を発信している方が少ないと感じていました。専門職として親しみのある発信者になりたいと思い、SNS発信を始めました。

試行錯誤を繰り返すなかで、見てくださる方々に安心していただけるよう顔と名前を出すような発信スタイルにしました。ソフトボール部だった学生時代を思い出し、バッティングセンターで動画撮影を行ったんです。この投稿をきっかけに認知度が上がり仕事の依頼を頂けるようになりました。

自分のギャップが認知のきっかけになる事を知りました。“堅苦しいのが苦手”な私の目線から動画投稿を見た時に、世の中にはもっと親しみのある発信者がいても良いのになと思って始めたSNS。

Instagramを始めてからはサラダ専門店からレシピ開発や、ミスコンの栄養学の講師などの依頼もいただけるようになりました。今は経営者さんなどの忙しい方向けの時短レシピなどを発信しています。

今後の管理栄養士としての佐藤さんの目標はなんですか?

お医者さんでお笑い芸人さんのしゅんしゅんクリニックPさんのように、私はエンタメ性のある親しみやすい管理栄養士になりたいです♩

食事や健康って一番自分でコントロールしやすいものなんです。自分の食事や健康への投資は、掛けた分だけリターンがあるものだと思っています。だからこそ栄養学の大切さを身近な人だけではなく多くの人に届けていきたい。

目指すイメージとして近いのは、お医者さんでお笑い芸人さんのしゅんしゅんクリニックPさん(吉本興業所属)。芸人としてテレビに出る傍らでクリニックにも勤務されている方で、SNSで医学系の知識をわかりやすく伝えている姿を拝見して、とても面白いなと思いました。

私は管理栄養士なのでしゅんしゅんクリニックPさんと職種は違いますが、医療従事者としてとても理想的な方です。私はエンタメ性のある管理栄養士なって、栄養学を「かしこまりすぎず面白く伝えていける人」になりたいと思っています。

また、自分の好きな事、得意なことを棚卸しして分析をすることも大切です。忙しい中でやるからこそ価値があるし、自分のやりたい世界が見えてくると思います。私は「一生健康、病気にならないための食事」の大切さを伝えていきたいです。自分の長所を生かした働き方を見てくださる皆様にご提案できる私でありたい。強く願いながら今日も面白く生きていきます。

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