MISSIONは福祉業界の発展だ!【大津留 瑠希 / 介護福祉士】

MISSIONは福祉業界の発展だ!【大津留 瑠希 / 介護福祉士】

取材日:2024/06/24

大津留 瑠希(介護福祉士)

“介護×SNS”の第一人者。現在は訪問介護事業や福祉医療に特化したSNSマーケティング事業や、福祉セミナー・コミュニティ運営や講師などを通して、福祉業界の発展に尽力中。

hospass運営局

こんにちは、hospass運営局です。“病院はパスする時代”を創造するべく、医療職限定でチームを組み活動を進めています。

介護×SNSの第一人者、現在福祉業界発展のために尽力している大津留さんを取材させて頂きました!

記事の見どころ
  • 高校まで野球しかやってなかったのにどうして介護職に?
  • 当初はSNSマーケティングの道を考えていなかった
  • 介護職が若者の人気職になるように

介護福祉士になろうと思ったきっかけを教えてください。

大津留 瑠希

無資格、未経験でもできるからです。

高校までは、野球一筋で取り組んでいました。高校3年の夏に引退するときは、プロ野球チーム6球団からスカウトがきており、プロ志望届を出したらプロ野球選手になれた状況でした。

しかしそのとき、自分でも気づいていなかった肘と靭帯と骨の怪我が発覚し、野球を辞めざるを得なくなりました。

それからの私は素行が悪くなったり、グレたりしていましたよ。周りが現場仕事や悪い仕事に進んでいくなかで、周りと一緒は嫌だと思い別の業界を調べてみると、無資格、未経験でもできる介護職を知ったんです。

叔父が介護の仕事を行なっており、仕事内容は一応知っていました。そこですぐに、家から一番近い特養の老人ホームに滑り込みで面接を行なっていただき、そのまま就職しました。

実際に働いて何を感じましたか?

大津留 瑠希

この業界はこのままで良いのかと思いましたね。

就職してからは、この業界はこれで良いのかとずっと感じており、ことあるごとに上司と喧嘩になっていました。

そのため、上司とは仲が悪くなっていたんです。しかし、そのことを気に入ってくれる方もいたので、必ずしも自分が間違っているわけではないんだという想いがありました。

衝突しながらも辞めようとは一切思わず、その後も仕事を続けていました。

そして、自分が発信して事業所を持たないと、自分の言葉は軽く受け取られてしまう。逆にそうすることで自分の言葉に説得力がつき、良い方向に少しでも変わっていくと思っていました。

19歳のとき、叔父の会社からデイサービスの2店舗目の立ち上げに参加しないかと誘われたんです。

その当時は特養の施設で働いていましたが、すぐに退職して叔父の会社に参加し、スタートアップから経験させてもらい、おもにSNS運用を任せてもらいました。

20歳からは叔父の会社に所属しながら、フリーランスで活動を始めました。

介護×SNSのきっかけを教えてください。

大津留 瑠希

介護業界の想いを伝えないと始まらないと思ったことがきっかけです。

最初は、SNSについて全く何も知らない状態だったのですが、介護業界の想いを伝えないと始まらないと思い、試行錯誤しました。

発信を始めた当初は全く伸びなかったので、SNSについて勉強を開始したんです。それから次第に数字が伸びていきましたが、それと同時に否定的な意見も出てきました。

その後、個人アカウントの運用もスタートしましたが、運用を始めて1年半くらいはずっと否定的な意見ばかりだったんです。

大手企業ですらSNSで宣伝しておらず、ダンス動画などが主流の時代で、福祉業界は顔がモザイク加工してある時代で。

周囲の企業は発信が必要だと分かっていたけど、まだまだ行動していない時代でしたが、自分は怖いもの知らずの性格だったのでそんなときでも続けられましたよ。

訪問介護事業を始めたきっかけを教えてください。

大津留 瑠希

亡くなる直前だからこそ、少しでも豊かな生活を送ってほしいと思ったからです。

訪問介護事業を始めたきっかけは、亡くなる直前だからこそ、最低限ではなく少しでも豊かな暮らしを送ってほしいと思ったからです。

家で暮らしているお年寄りの方は、介護保険で最低限の生活しか保証されません。そこにどうしても違和感を感じていました。

その違和感をクリアにできるのは、訪問介護事業しかないと思ったんです。

また、20代だけで介護をすることで孫のような存在になれます。

それを機に訪問介護事業を立ち上げ、事業メンバーをSNSで募集しました。ストーリーを1度投稿しただけで20~30名ほどの応募がありましたが、現在は3名で行なっています。

まずは事業所の人数を増やすというより、少ない人数で各地に広げていきたいです。

SNSマーケティングを始めたきっかけはなんですか?

大津留 瑠希

私の運用の知識が事業になると気づいたからです。

19歳から自社でSNS運用を始めると、周りの施設やアカウントを見た方から「運用を手伝ってほしい。」という依頼をいただくようになりました。

それまで事業化は一切考えておらず、そこで初めて私の運用の知識が事業になるんだと気づいたんです。

それから、2、3社ほど一緒にお仕事をさせていただくようになり、このまま1人で行うことは難しいと感じたんです。

そこで、マーケティングスクールと提携し、編集や撮影を手伝ってもらうことにしました。おかげさまで、徐々に規模が大きくなっています。

現在は、会社と制作を仲介するのが自分を含めて3名で、ほかの撮影や編集やアカウント分析チームを入れるとトータルで150名ほどです。

仲介のうち1名が高校時代の野球部の副キャプテンで、もう1名は中学から一緒に野球をやってきた方で、2人ともそれぞれ別の会社の正社員だったんです。

ですが、私が声をかけたらその会社を辞めて来てくれました。まさか、一緒に働くとは思ってもいませんでしたよ。

SNSマーケティングが盛り上がってくると、ほかの業界からもお話をいただきます。福祉業界とコラボできる案件には積極的に受けますが、そうでないものはお断りさせていただいております。

現在の活動の想いを教えてください。

大津留 瑠希

介護職を若者の人気職になるようにしたいです。

現在は、訪問介護事業や福祉医療特化型SNSマーケティング、福祉セミナー・コミュニティ運営、介護についての講師など多岐にわたり活動しています。

福祉セミナー・コミュニティ運営は、おもに介護についての発信や教育を行なっています。

SNSマーケティングでは、福祉業界の現状を発信したり、採用のお手伝いをしたりしています。

私たちのミッションは、介護業界の発展です。そのためには、どうしても若者が必要になってくるので義務教育から福祉の知識を入れる必要があります。

その話を母校と大阪のモデル校に話をしたところ、カリキュラム化が決定し、今後は講師として福祉について授業を行います。

学校の先生も福祉業界の実情を分かっていません。少子高齢化についても、言葉だけ聞いたらそこまで重く感じませんが、実際は問題が山積みなんです。

介護業界には若者が必要なのですが、母数が圧倒的に少ないんです。だからこそ、若者にとって人気の職業になるよう日々活動しています。

社会にどんな影響を与えたいですか?

大津留 瑠希

高齢者に敬意を表してほしいです。

そんな昔のことはどうでも良いと思われがちですが、命をかけてこの日本を築きあげた方々が、今の高齢者です。その方々に敬意を表すのは、当たり前のことだと思っています。

しかしそれをを理解しない、知ろうとしない若者がいます。その現状をどうにかしないと、敬意を表すなんてありえません。

何かあるとパワハラやセクハラと騒がれ、ストレートに物事を言えない世の中だからこそ、介護や自身の発信を通してなぜお年寄りを大切にするかを理解してもらい、少しでも敬意が伝わってほしいです。

また、若者に活気を与えたいのですが、同世代でない方が伝えても響かないと思っています。なぜなら、若い世代には若い世代の言葉でしか伝わらないことがあると思っているからです。

最後に、若者でもやりたいことを実現しようという想いがあれば、苦しいときでも頑張れます。

この方ができたのだから自分も頑張ろうという若者が1人でも増え、20代の若者が福祉業界に入って頑張ろうと思ってもらえるようにしていきたいです。

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