森の中で、とっておきのおひとりさま時間を【廣瀬明香/薬剤師】

廣瀬明香(薬剤師)

幼い頃からの国際協力への使命感を胸に、日本赤十字社の病院薬剤師として働く。しかし、多忙な現場での葛藤や父の死、そしてコロナ禍を経験する中で「遠くの誰か」から「自分と身近な人の心」と向き合い始める。

現在は「とっておきのおひとりさま時間」をコンセプトに、長野県富士見町で「森と、ピアノと、 」の事業に取り組む。

記事の見どころ
  • 父の死とコロナ禍に直面し、「遠くの誰か」より「自分と家族」を大切にする生き方へ。
  • 「森の中でピアノを弾きたい」という純粋な願い。
  • 手段としての薬剤師を離れても変わらない、彼女が目指す「真のヘルスケア」とは?

薬剤師を目指したきっかけを教えてください

廣瀬明香

目の前の人を直接支える仕事を通じて、国際協力に関わっていきたかったからです。

私は小さい頃から、なんとなく国際協力の分野で働きたいと思っていました。幼少期に母から、マザーテレサやナイチンゲールの話を聞いたり、zero landmine(地雷廃絶キャンペーン)や、ホワイトバンド(貧困撲滅キャンペーン)の活動を目にしたことが大きかったと思います。

世界には小さな子どもたちが自由に遊ぶこともできず、病気や貧困で苦しんでいる現実がある。私はこんなに恵まれているのに、という罪悪感と同時に、何かしなければいけないという使命感のようなものを感じていました。

知らない国で苦しんでいる子どもたちの力になるために何ができるか考えた時、選択肢はいくつかありました。中でも、不特定多数の人に向けて発信する広報活動にも興味がありましたが、目の前の人を直接支える医療職の方が自分の性格に合っている気がしていました。

両親が医療従事者だった影響も大きかったです。薬がなくて、下痢や風邪で命を落とす人がいる。じゃあ「薬」に関わる仕事は何だろう、と考えて「薬剤師」という選択肢に辿り着きました。

病院薬剤師として働いてみていかがでしたか?

廣瀬明香

当時は現場を離れて海外派遣に行く余裕のない状況でした。

新卒で入職したのは、日本赤十字社医療センターの薬剤部でした。当院を選んだのはもちろん、国際救援活動に携わりたかったからです。

当時は、薬剤師の病棟業務が点数化され始めた時期でした。現場は常に人手不足で、まずは一人前の薬剤師として病棟で貢献することが強く求められていました。私は面接の段階から「国際協力をやりたい」と伝えていましたが、周囲からは「そういう話は面接ではあまり出さない方がいいらしい」と耳にすることもあるほど、当時は現場を離れて海外派遣に行く余裕のない状況でした。

このままでは海外支援に関わるまでに、かなりの時間がかかってしまう。そんな中で私の中に生まれたのは、災害支援だけでなく、その先の暮らしや心に寄り添う“長い時間軸の支援”にも関わりたいという思いでした。

もちろん日赤にもその道もありましたが、当時の私にとっては、海外に目を向ける前に、まず日本の地域に根ざした視点を持ちたいと感じたのです。より地域医療に深く関わり、生活者の日常に寄り添いたいと考え、茨城にある調剤薬局への転職を決めました。

今の活動に至ったきっかけは?

廣瀬明香

父の闘病をきっかけに、まずは身近な存在を大事にしたいと感じたことです。

薬局で働きながらも国際協力への夢を追い続けていた私に、大きな転換点が訪れました。父の闘病と、その死です。

事故のように突然逝くのではなく、余命が見える中でお別れの時間をくれました。医師だった父は延命治療を選ばず、最期まで自分らしく生きることを貫いたのです。

その姿を間近で見て、「遠くの誰かのことばかり考えるのではなく、一番身近な家族や自分自身の人生をまずは大切にしたい」と考え方が変わりました。また自分自身も、自分らしく生きているのだろうか、と考え直すきっかけとなりました。

父の近くで生活するために、茨城の調剤薬局での仕事をやめて東京の実家に戻りました。それまでは謎の使命感で国際協力へと奮闘していましたが、夢から一度離れて何をすれば良いか分からなくなっていたのです。

廣瀬明香

コロナ禍の閉鎖的な空間で「森の中で、ピアノが弾きたい」と心から思いました。

その後、追い打ちをかけるようにコロナ禍がやってきました。都内の小さな部屋で夫と二人、外出もままならない日々でした。家で1人になれる場所がなく、夫がオンラインミーティングしている間はベランダにしか居場所がありませんでした。

そんな中、心の奥底から湧き上がってきたのは「森の中で他の人の目を気にせず、ただピアノを弾きたい」というピュアで、わがままな願いでした。

子どもの頃、家でピアノを弾く時間が大好きでした。あの時間は、今思えば一種の瞑想だったのだと思います。でも大人になるにつれ、「上手いかどうか評価される」視線が怖くなり、いつの間にか人前で弾けなくなっていました。

誰かに見せるためでも、役に立つためでもなく、ただ自分の好きな表現に没頭すること。それが私の心の健康を保ち、自分らしく生きるために不可欠な時間なのだと、閉塞感の中で気付くことができました。

今の活動内容について教えてください

廣瀬明香

森の中で、自分の「好き」に没頭できるひとりだけの空間を提供しています。

現在、長野県富士見町で「森と、ピアノと、 」というプロジェクトを運営しています。コンセプトは「とっておきのおひとりさま時間」です。八ヶ岳の麓、周りは森に包まれた空間に、1日1人限定でゲストを迎え入れています。

現代はSNSが日常になり、1人でいてもスマホを通じて常に「外」の視線にさらされています。「いいね」を求め、無意識に理想の自分を演じてしまう。けれど、本当に大切なものほど否定されるのが怖くて出せなくなるものです。

私が目指すのは、世界中の誰もが否定されることなく、自分自身の色を輝かせられる世界です。その第一歩として、まずは誰にも侵害されない安全地帯が必要だと思いました。赤十字のマークが、戦地でも攻撃を許されない象徴であるように、ここを心の赤十字のような場所にしたいのです。

廣瀬明香

自分らしさを取り戻すことこそ、本当の意味でのヘルシーな状態なのだと思います。

孤独な個室ではなく、豊かな自然の中であえて「1人で過ごすこと」を前提にし、好きなことに没頭する。自然に溶け込み、自分の真ん中にある大切なものに気付く。その安心感の中で一度「自分自身の軸」を取り戻すことができれば、日常に戻り、誰かの前に立っても、いつでも自分の真ん中に戻ることができます。

それこそが、本当の意味での「ヘルシーな状態」ではないでしょうか。自分らしさを認めて愛してあげられる方が増えたら、きっともう少しあたたかい社会になるのではないかな、と思います。

会社名「とわいろ」に込めた思いは?

廣瀬明香

「あなたの色が、あなたらしく輝く世界」を実現したいです。

この場所をつくるにあたって、茅葺き職人さん石積み職人さん建築家さん音楽家さんなど、本当に多くのプロフェッショナルが関わってくれました。

私は細かい指示を出すのではなく、大切にしたい「空気感」や「世界観」だけを共有しました。技術だけでなく、私の想いに共感して、自らの仕事に誇りを持っている職人さん一人ひとりと会い、信頼して任せる。そうすることで、私の想像を超えた空間ができ上がりました。

私の運営する会社名は「とわいろ」といいます。フランス語の「Toi(あなた)」と、日本語の「色」を組み合わせた名前です。「あなたの色が、あなたらしく輝く世界」を実現したい。それが私の活動の根本にある想いです。

おひとりさま時間の提供を軸にしつつ、少しずつ新しい形での活動も広げていきたいです。これまでに一度開催した、子どもたちが自分だけの音を見つけるコンサート「Find Your Own Voice」の継続や、その人らしさが自然にひらくウェディングの受け入れ、循環するお花屋さんを併設し、本の世界に没頭できるライブラリーを主軸にしたカフェ構想などを考えています。

何かを始めたいと思っている医療職に一言

廣瀬明香

まずは自分の心を満たすことが、周りの人を幸せにする近道になります。

私も10年薬剤師を続けていたので、現場を離れる時は本当に勇気が必要でした。「人の役に立つ尊い仕事なのに、なぜ辞めるの?」という世間の目が怖かった時期もあります。

でも、自分が自分らしく、心から満たされて生きることこそが、周りの人を幸せにする一番の近道だと思います。薬剤師という手段は離れても、「誰かを健康にする」という目的からは、離れたつもりはありません。

手段はいくらでもあります。 まずは自分の素直な気持ちを声に出してみてください。自信を持って一歩踏み出せば、あなたの想いに共感し、応援してくれる方は必ず現れます。

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