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巫女と神社をアップデート【浅海鈴音 / 介護福祉士】

浅海鈴音(介護福祉士)

音楽大学を卒業後、音楽療法や介護について学びながらも巫女として働き、
持ち前の行動力で巫女コン、恋愛相談所などの事業で独立。
SNSやメディアを駆使し、神社への貢献を行いつつ自身の発信力に磨きをかける。

音楽に熱中するキッカケは?

家の近くに音楽大学付属の幼稚園があって、幼稚園生の頃から小さいながらに

私、音大に行きたい」と勝手に思ってたんです。

小学生の頃にトランペットに出会いました。トランペットを見たときに、「私これ練習すれば音大いけるじゃん」って思って、それからは昼休みにも楽器を吹いてるような子でした。

小学生の時はトランペット、中学からはホルンを吹き始め、そこからはホルン専門になりました。

ホルンって実は、ギネスに載るくらい難しい楽器なんですよ!

音大を出た後に音楽療法士、介護福祉士を目指した理由は?

音楽を経験してきて、人の気持ちに訴えかけたり、逆に嫌気がさしたりすることがあり、

音楽にはいろんな感情が伴うことを不思議に感じていました。

そこについて勉強したいなと思って調べたら、音楽療法や音楽心理を知りました。

それと、音大時代に教員免許を取れるはずだったんですが、反抗期で取らなかったんです笑

何か一つくらい資格が欲しいなと思って勉強し始めました。

なぜ、最終的には介護福祉士を選んだんですか?

元は音大を出ていたこともあって、音楽療法士になろうとしていましたが、音楽療法は民間資格で保証がないので、国家資格の介護福祉士になろうと思いました。

巫女をやりながら、ダブルワークで介護福祉士の専門に通いながら、音楽療法はオンラインで受講していました。

当時は、とても忙しかったですね笑

学生時代の思い出を教えてください!

介護福祉士の専門学校は1年目から座学だけではなく、訪問などの実習に行かせていただきました。最初の実習は座って見てるなどの観察が多いですが、だんだん実践が増えていく感じです。

実習は最初の頃はやりがいがあると思っていたんですが、一番最後の1ヶ月の特養実習が最悪でした。

収容所みたいな雰囲気を持っているような特養で、入居者はご飯食べて寝かされての繰り返しのような生活を送っていました。職員も病んでいました。

そんな現状を目の当たりにして、

この仕事は一生は続けられないと思いました。

介護福祉士はどうして辞めたんですか?

介護福祉士は、体力を使う仕事なので、他で仕事が入っていきた時にフルタイムで働くのはしんどかったというのもありますし、

一番介護の仕事でしんどかったのは

利用者さんを増やさないといけないけど、現場は人が足りないから稼働率が上がらないというどうしようもない現状が見てて辛かったです。

介護福祉士としては正社員で2、3ヶ月やって、そこからはパートで週3週2と減らしていって、フェードアウトしました。

巫女になったキッカケは?

地元に大きな神社もあったので、馴染みはありました。

日本文学が好きで、枕草子とかを百人一首とかを読んでニヤニヤするような趣味を持ってて、その影響はあります。

古典にはロマンがあって、恋愛のストーリーとして捉えると面白いんです!

日本で最古の音楽療法士は巫女だと言われています。巫女の鈴の音巫女舞音楽療法的要素を持っていて、論文なども存在します。

そこにインスピレーションを感じたことも巫女を始めたきっかけになりました。

巫女の業界や、どんな風に働いていたのか教えて下さい!

巫女は高卒か大卒から始めることが多く、定年は25歳なので、長くて10年くらいの期間働けます。

私が巫女として働いた期間は、正社員が3年で、トータルで8年くらいです。

今は挙式、七五三、正月とかにお手伝いで巫女はやったり、巫女舞の先生の仕事もやったりしてます。

神主さんは資格があるので学校を出てきているが、巫女さんは実地で経験を積んでいきます

私が働いていた神社では舞の研修があって、そこから結婚式御朱印書いたりお札を作ったりなどできることを増やしていく流れでした。

巫女さんをしていて、楽しいと思う時はどんな時ですか?

舞をやってる時が一番幸せです。

それから、結構忙しいのが好きなので、正月とかはしんどいけどアドレナリン出まくりで走りまくるのが楽しいです。

しんどいけど生きがい」みたいなところはあります。

起業するキッカケはなんでしたか?

神社は25歳で定年退職した後、お手伝いで巫女さんができていました。

定年退職はしたけど、まだ続けたいなという思いが強くなって、

やりたいことやるんだったら起業しなきゃだめだな

と思って起業したので、ある意味定年退職がきっかけとして大きかったと思います。

起業することにして、何から手をつけ始めましたか?

起業についての知識を何も知らなかったので、まずは起業塾に入って、数のこと、コンセプト、ブランディングなどを学んでいきました。

経営塾は、色々調べた末、メンターの雰囲気がスパルタ系のところに入りました。

そういう厳しいのが好きなんですよね。笑

最初にどういうサービスで展開していくかという話になったときに、神社には神社が好きな人しか来ないからターゲットが狭すぎると起業塾の面談時に言われて

誰もの悩みに訴求できるサービスをやろうということで、巫女コン恋愛相談所が始まりました。

最近はコロナの影響もあって、スピリチュアルや神社の注目が凄くて、今は神社ビジネスの方が盛り上がってます。

今後の展望

結婚相談所の会員さんを増やしていきたいのもあるんですが、

一番は神社に貢献したい思いが強いので、神社のSNS周りや神社を助ける形でコンサルなどしていきたいです。

それと、私自信の発信力も育てていきたいと考えています。最近ライブ配信を始めたり、今度写真集も出すんです。映画での巫女舞シーンの撮影に協力したりもしています。

メディアを通した発信力も作っていきたいと思っていて、発信力を持った神社を作りたいです。

最終的には神社を含めた町づくりがしたいな。なんてことも思っています。

神楽坂の赤城神社は、境内にマンションがあって、人もくるし、家賃収入も入るし、景観も大事にしていて、とても上手くやっています。そういう町づくりをしていきたいと思っています。

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