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面白いと思った方向へ進むだけ。【植木智起 / 理学療法士】

植木智起(理学療法士)

自身の病気がきっかけで理学療法士に興味を持ち、資格を取得。
学生時代に実習で辛い経験をしながらも医療の現場に携わり続け、
病院を作ることをゴールにして幅広く活動されている。
hospass運営局
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今回は理学療法士の資格を持ちつつ、様々な活動をされている植木智起さんを取材させて頂きました!

この記事の見どころ
  • 植木さんが理学療法士を取ろうと思った経緯は?
  • 新卒で臨床現場を選ばなかった理由は一体?
  • サロンで起業した後、オーナーが逃げた!?
  • 今後植木さんが目指す夢とは!?

それではどうぞご覧くださいー!

理学療法士になろうと思ったきっかけを教えてください!

小学校3年生の秋に『ペルテス病』という病気になったことがきっかけです。

ペルテス病』というのは、大腿骨頭が壊死してしまうという病気なんです。

当時は原因不明の病気と言われていました。そのこともあり、1年半車椅子生活していました。通常だったら手術して大腿骨を置換するんですが、子供だったので保存療法でしたね。

当時通っていた小学校から転入で小児病院に入ったんです。そこの養護学校で初めて理学療法士に会って、理学療法士の方にお世話になったことが、この職業を目指したきっかけになります。

当時関わった理学療法士とのエピソードはありますか?

「この先生遊んでる!仕事してない!」と思ってました(笑)

大人にやるリハビリテーションは『キツい』『大変そう』と言うイメージを持たれると思うんですが、子供のリハビリテーションは【レクリエーション】になるんですよね。

というのも、子供が相手だとリハビリテーションは飽きてしまって。【遊びの中から動作を出していく】というのが小児リハビリテーションになんです。僕は当時小学校3年生だったので、楽しくリハビリテーションをしていた思い出がありますね。

そして当時は理学療法士がまだ少ない時期でした。なので理学療法士のお給料も結構高かったんですよね。仕事では遊んで、お給料ももらえて、感謝もされる。なんていい仕事だと思っていました。

それが、僕が理学療法士を目指そうと思った第一のしくじりでしたね(笑)

進路はどうやって決めましたか?

「そういえば、面白そうな仕事あったな」って思い出したんです(笑)

僕の大学受験のころは、ちょうど医療職ブームの時期だったんですよね。「医療職についておけば食いっぱぐれないよ。」と言われていた時期で

その時に思い出したんです。「あの時に面白い仕事あったな。」って(笑)それで家から一番近い理学療法士の大学へ進学を決めました。

大学時代の思い出を教えてください!

学生時代『楽しめた』というより、『騙された』と言う感じが強かったです!

学生時代は結構遊んでいました(笑)学校の授業でやりたかったことをやれなかったので「騙された」というイメージが強かったです。

もともと経営経済なども学びたかったのに、理学療法士の必修科目が多くて、好きな選択科目が取れなかったんです。「基本この科目をとる!」という履修教科が決まっていて、それにプラスして好きな選択科目を学ぶ体力はなかったです。

理学療法士の勉強は大変でしたか?

実習が本当に大変で、よく泣きながら帰っていました(笑)

理学療法士の勉強は覚えることが多かったですね。解剖生理運動学が基礎中の基礎で、加えて病理学が入ってくる。

実習はもう大変でした!僕の性格は【好かれるか、嫌われるか】の2択なんです。病院実習中は本当に嫌われましたね。バイザーから(笑)

大学2年生の時の実習先が、有名な治療手技を扱う病院での実習だったんですが。元々勉強が出来る方ではなかったので全く分からなくて…。病院の外で雪の中正座をさせられて、蹴っ飛ばされたり吹っ飛ばされたりしました(笑)それで泣きながら帰ってましたね(苦笑)

辛い経験をしながらも、辞めずに続けられた理由を教えてください!

当時は戻ることもできないし、進むしかなかったんです!

大学2年生の時、他のことも学びたかったので一度「辞めたい」と相談しに行ったことがあるんです。そうしたら「じゃ、辞めれば?」と特に引き戻されなったんですが、「辞めるんだったら、1年からやり直してね。」と言われて…。当時は戻ることもできないし、進むしかなかった感じです。

4年生の時の実習では、3人の患者さんを症例として治療させて頂いて、技能も評価していただくことができ、「こんな実習を全部やりたかった!」と思いましたね(笑)

でも全体的に振り返って、実習には辛い思い出ばかりなので、二度とやりたくないです(笑)

今なら学生に、「資格をとるなら宅建を取った方がいい!」と言うと思います!(笑)

就職先はどうやって決めましたか?

「病院」っていう選択肢はなかったですね!(笑)

実習で嫌な思い出しかなかったので、病院に行くなら理学療法士はやらないと決めていました。

一般的に理学療法士は病院に勤めて、ある程度経験積んだら在宅に行って仕事をする。という流れがあるんですけど、僕の場合は最初から介護ベンチャー企業に勤めたんです。

デイサービスで全国1,000店舗くらいあるところなんですが、結構面白かったですね!人間工学に基づいて、場所がすごく綺麗だったり、カフェを出していたり。後高齢者に対するサービスは面白い方向に向かうなと思って入りました。

介護ベンチャー企業に勤めていた時のお話を聞かせてください!

入職して6カ月目副主任を務めていました(笑)

もともと「店舗を出した時の施設長になる?」と言われて関わり始めたんですけど、関わる店舗が全部赤字だったんですよね(笑)

医療機器のリース代や人件費が高かったのが原因でした。「ひと月でもいいから黒字にして欲しい。」と言われたんですが、それができなくて。

施設長は難しかったんですが、そのあと本社へ異動になって機能訓練部門で副主任を任せて頂きました。これが就職してから6カ月くらいの出来事ですね。新卒の時から新人教育プログラムを作りつつ、様々な勉強をさせてもらっていました。

転職しようと思った経緯を教えてください!

やっぱり現場が好きだなあって感じたんです。

学生時代のトラウマがあったんですが、月1回程度主義の勉強会へ参加していたんです。勉強会の先生から、「お前はいつまで医療をやらないんだ。勉強にきて腕は上がったけど、医療の場にはいないよな」と言われていたんです。(笑)

そんなこともあって新入職して1年半くらいの時期に、地元の整形外科クリニックへ転職しました。転職した理由は2つあって、1つは現場を知ろうというのと、もう1つは親が倒れた時に頼れるパイプを作ろうと思ったんです。

今でも現場は好きです。できるなら現場にいたいとも思っています。

自身で起業に至った経緯なんででしょうか?

麻布十番にサロンがあって、そこの業務委託という形で始めました。

最初は勤めながら、個人事業として業務委託でサロンを始めました。起業してみて、迷いもありましたが、一度外の世界に出てみたいなって思ったんです。

週3日クリニックで働いて、週4日サロンを運営して、サロンの収入が多くなって、サロン1つに切り替えて麻布だったので客層も良く芸能の方にも来ていただいてました。

ですが、そこからオーナーにお金を持ち逃げされたんです(笑)

事業が上手く行き始め、拡大しようと思い新宿3丁目に店舗を出すことになったんです。実際店舗を借りて始めるつもりが、オーナーにお金を持ち逃げされて。(笑)

サロンの話は無かったことになって、さらに借金まで作ってしまって、今はなんとかなっていますが、当時は絶望しましたね。そうした経緯もあって、当時は必死に生きてました。(笑)

今後の目標について教えてください!

ゴールは【病院を作ること】です!

今も行っている仕事はいくつかあるんですが、ゴールは【病院を作ること】です!診療時の待ち時間をなくしたいと思っています。

今まで色んな経験はしてきたので、【理学療法士が起業】しようという時には、どういう形で起業できるかなど話すことはできますね。理学療法士という言葉がもっと広まったら良いなとも思ってます。プロフェショナルな仕事なのにい、介護に近しいことをしているのは勿体無いなって思う部分もあって。

これからも【面白そう!】と思った方向へ、進んで行きたいと思います。

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