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足の予防教育を通じて、人生を輝かせたい。【内田泰文 / 柔道整復師】

内田 泰文(柔道整復師)

29歳で医療の道に進むことを決意し、柔道整復師の資格を取得。
大手整骨院に入職し、技術を磨きながら組織マネジメントを学ぶ。
その後、自身が理想とする治療法を行うために開業し、
現在は一般の方向けに「足の重要性」を理解してもらうための靴下を開発。
今後は講演活動も予定されている。
hospass運営局
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こんにちは!hospass運営局です!医療系情報メディア【hospass】では病院はパスする時代をいうスローガンを掲げ、日常お役立ち情報や病院の外でも活躍している医療職の方々を取材記事を発信させていただいております!

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柔道整復師の資格を持ちつつ、現在は「足の予防教育」のために靴下を開発されている内田泰文さんを取材させて頂きました!

この記事の見どころ
  • 聖路加病院の日野原先生との出会い
  • 独立して整骨院を開業してからの日々について
  • 「足の予防教育」のために現在取り組んでいること

それではどうぞご覧くださいー!

医療職になろうと思ったきっかけを教えてください!

日野原先生の言葉を聞いて、自分の人生について考えさせられたんです!

聖路加病院の日野原先生との出会いがきっかけです。当時29歳の僕は「社会なんてつまらない、どうせ年をとっておいぼれていくのに、生きてる意味が分からない」当然、やりがいや、夢なんてない人生でした。そんな時に日野原先生の「生きかた上手」という1冊の本を知ったんです。

94歳のおじいちゃんが「今日、他人のために何ができるのかと思うと、わくわくして飛び起きるんです」と書いてあって。

超多忙で楽しそうに生きているおじいちゃんと、好き放題に生きて「つまんない」と言っている自分を比べて、この違いは何なんだろうと思いました。

そこから医療の道に入ろうと決めたのは、母親がお世話になっていた整骨院の先生がきっかけです。当時僕は体重105kg だったんですけど(笑)「身体も大きいし、高齢者とも喋ることができるんだったら、整骨院の先生になったらどう?」とアドバイスをいただいて、その一言がきっかけで柔道整復師を目指し始めました。

学生時代の思い出はありますか?

卒業後に日野原先生と直接お会いすることが出来たんです!

柔道整復師の師匠のもとで、下宿生活をしていました。

朝~昼まで整骨院で働いて、昼から専門学校に行って、夕方~晩まで整骨院で働くという毎日。学校の勉強は、国家試験対策のものばかりでした。当時は現場で実習することなく卒業だったので、治療技術に関して不安もありましたね。

そんな中でも恩師と出会えて、「地域医療に貢献することの大切さ」や「利他の精神」を学びました。そういう先生たちがいたから、勉強を頑張ることができました!

首席で学校を卒業した後、母親と日野原先生の講演会へ行ったんです。

そこで実際に日野原先生にお会いして、自分の人生について話せる機会があったんです!その時に「君たちが医療を支えていくんだから日本のために頑張りなさい」と言ってもらえて、そこからスイッチが入りました。自分もそういうきっかけを与える人になろうと思いました。

就職後のお話を聞かせてください!

人間関係に悩んで、組織マネジメントを学びました!

「治せる治療家」になるために技術を磨こうと思い、恩師の先生からの紹介で、大阪で一番厳しい整骨院に就職しました。

そこにはカリスマ院長がいたんですけど、実はカリスマ院長とナンバー2が対立していて。その内部事情を知らずに就職して、いきなり幹部候補にスカウトされてしまって、当初は人間関係に苦労しましたね(笑)

僕としては、大好きな仕事に出会えて楽しくて仕方なかったので、なんで対立しているのか分からなかったんです。悩んでいた時に、偶然経営コンサルタントの方に出会って、組織マネジメントを教えて頂いて、その後は整骨院の対立も解消していきました。

整骨院で治療しながら沢山勉強しましたね。それから自分がやりたい治療を行うために独立を決意し、3年半で整骨院を辞めました。

独立しようと思ったきっかけを教えてください!

痛みを根本的に治療できる整骨院を作ろうと思ったんです!

もともと「なんで体の痛みって出るのかな」という疑問を持っていたんです。痛みを根本的に治すためには、メンタル面、栄養面、体の動作分析というのをカバーしてあげる必要があるんですよね。当時こういった事を行っている整骨院が日本には無くて、それなら自分で作ろうと思ったんです!

メンタル面とか、栄養学とか、日常動作の癖の分析とか、それを勉強してそれを提供できる整骨院を作りたいなと思い、独立を決意しました。

独立した後のお話を教えてください!

開業当初は、年中無休で朝から晩まで営業していました。

開業してから2~3年間は、年中無休で朝から晩まで営業していましたね。好きなことに出会えたので、最初から限界までやってみようと思っていたんです。とにかく情熱だけは負けないでおこうという気持ちで取り組んでいました!

いざ現場に立ってみると、治せないものがいっぱい出てくるんです。なので帰ってから勉強して、患者さんに症状を説明して、分からなかったところは次回までに調べて、ということを繰り返していました。

そんな生活を2年ほど送っていたら、ある時シャワーしながら意識を失ったんです。患者さんに健康を提供しているのに僕がこれではまずいと思って、そこで仕事のスタイルを改めることにしました。

現在の活動について詳しく教えてください!

予防教育も必要だと考え、靴下の開発に取り組んでいます!

僕は身体の中でも特に足が得意で、日本人の足が弱っていることに気付いたんですよね。足が弱ると身体が弱って寝たきりになってしまう。

生涯サポートで自分ができることは「その人の足を守ってあげることだ!」と思いました。それで、靴下を開発しようと思ったんです。

身体を痛める原因が足にあると気付いた時に、色んなメーカーの靴下を試してみたんですけど、納得いくものが無かったんですよね。

その時たまたま病院などに靴下を卸している社長さんと出会って、僕が理想と考えている靴下のサンプルを作ってくれて。そうしたらその社長さんが「これいいじゃん!」ってびっくりしてくれて、発売することになったんです。

内田さんの今後の目標を教えてください!

靴下を通じて足の市場をつくりたいと思っています!

靴下の概念をひっくり返したいですね。靴下一つで、足だけじゃなく、体がどれだけ変わるか。足を大切にして、足をケアする文化を作りたい。

日本人の足は問題だらけなので、スペシャリストたちを連携して、足にアプローチしていくことによって市場が広がっていく。

そうするとセラピストの役割も更に増えていって、より多くの人を人生を良くしてあげることができるんじゃないかと思っています。

あとは、一般の方に足の重要性を伝えていくには、講演会での教育が必要だと思っています。講演活動をしたり、一般の方まで指導したいです。僕自身、日野原先生に出会ったことで人生が変わって助けてもらえたので、僕もそういう存在になりたいと思っています。

僕が関わった人が「頑張ってみようかな」と思ってくれたり、「治療家ってすごい仕事なんだな」と感じてくれたり、自分の体に興味を持って「人間の可能性ってすごいんだな」と気付いて自分を大切にしたりしてくれたら良いなと思いますね。そういう発信をしていきながら、自分と縁があった人に「人生輝いて欲しい」と思っています。

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